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臨床とインターネットの接点⑦

Medical Tribune 2001年10月25日 26ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

医療におけるサイバー情報テロリズム希少疾患の情報はネットへ

小児糖尿病の書籍は激減

 書店は大規模店舗が中心となり、小規模店は倒産するような動きが起こりつつあります。また、各出版社では雑誌や書籍が販売不振になり、出版不況と呼ばれています。背景にあるのは、インターネットや携帯電話などを中心としたデジタル情報産業が勢力を伸ばしている動きです。人々は書籍を読む時間を割き、電子メールやホームページなどからの情報に目を通す時間が必要になったのです。

 また、書店の健康コーナーでは、多くの出版社の陳列空間取り合い競争が激化しています。新刊書が優先され平積みにされますから、出版社はこぞって新刊書を出そうとします。その結果、1人の編集者が年に十冊以上もの新刊書出版を義務付けられます。すると、出版社は医学系書籍においても、内容の濃い書籍より、雑誌感覚で読み捨てできるような軽い内容で、かつ患者人口が多くて市場が大きい、つまり、多量に売れるタイトルの本ばかりを出版したがるようになります。

 このような状況下では、出版社は最初から採算に合わないとわかっている本は出版したがりません。そうなると、1型糖尿病をはじめ小児疾患、特定疾患、難病のような、患者人口の少ないいわゆる希少疾患に対する解説本は、一般書店ではきわめて見つけにくくなります。実際、筆者の場合、1型糖尿病の子供たちのためにと、1990年に執筆した元巨人軍、ガリクソン投手の糖尿病克服のために自叙伝『ナイスコントロール!』や、92年に出版された『メリティスの窓~糖尿病でなぜ悪い』(原作は筆者、描画は石ノ森章太郎)は、絶版に近い状態になりました(図1)。私がインターネットに最初に出会ったころまず考えたことは、これらの過去に出版した書籍をホームペー(http://www.so-net.ne.jp/vivre/gulli/nice.html)で掲載することでした(図2)。このように、出版不況が進むにつれ、絶版になった本をネットで再起させるという傾向は、患者人口が少ない特定医療分野では加速していくことになると考えます。

 一般に、ホームページでの掲載は、非常に安価に実現できます。ボランティア精神のある人たちが数人集まれば、各種各様の、さまざまな角度からの情報発信が可能になるはずです。実際、小児糖尿病の書籍点数は激減しましたが、代わりに関連のホームページは多く見つかるようになり、内容も充実しています。数千人に対し一斉に発信されるメールマガジンも活用され、重要な情報発信元になっているようです。また、メーリングリストや掲示板も充実した内容のものがあり、情報の交換や共有化がなされています。

 こうした、活動によって、同じ疾患を持つ友人と触れ合う機会が少なかった子供たちや、身体に障害を持つ人たちが、正しい情報を迅速に入手できたり、励まし合えたりと、治療にも役立つことが多いのです。

サイバーテロによる治療妨害も

 しかし、このように患者たちのホームページ利用度が高くなれば、そうした患者に商品を売り付けようという人によるホームページの悪用も本格化してきます。掲示板で利用者になりすまし、商品を宣伝する業者も現れてきます。肥満を考える掲示板には、ダイエット関連の商品宣伝の書き込みばかりです。誠意ある人たちや、悩みを持つ患者たちが相談できない状況に陥っています。悪意ある書き込みによって、事実上の運用停止に追い込まれてしまっている掲示板も少なくありません。

 一般にサイバーテロリズムとは、ハッカーや、ウィルスを拡散させたり、無造作に他人のパソコンを破壊するような行為を意味します。ハッカーが管制塔のコンピュータに侵入し、飛行機の操縦を不能にしてしまえば、ハイジャックし自爆しなくても、航路を遠隔的に混乱させ、多発テロを再現することは可能です。今後は、こうしたネットワークを利用したサイバーテロのほうが、より巧妙で防ぎにくいテロと認識されるでしょう。

 しかし、サイバーテロは、問題の大小こそあれ、医療分野でも日常的に認められるようになるかもしれません。すなわち、ホームページを悪用し、まじめな人たちの医療活動を妨害する行為は、1つのテロリズムに近いのです。例えば、米国で人工妊娠中絶に反対した一部の過激グループが、妊娠中絶を支援する医師個人を恐怖におののかせたという事件がありました。

 しかし、もっと身近なところにもサイバーテロリズムは潜んでいます。他人の幸福をうらやんで、あえて掲示板などで中傷を繰り返す人もいます。例えば、妊娠を希望する人たちが集まる掲示板には、妊娠を喜ぶ人と不妊で悩む人たちとの意見の衝突が見られることもあります。そうした場では、せっかくの建設的な話し合いが、誰か1人の暴言で、壊れてしまうことも少なくはありません。あるいは、糖尿病分野では、ある特定の食品を、あたかも薬効があるかのような宣伝を通して信販売をする業者も、一種の情報テロリストと言えるかもしれません。医師は、そうして流された情報を信じ込んでしまった患者に対し、その洗脳を解くための作業を外来で行わなくてはなりません。診療にとって大変な業務妨害です。

 ましてや難病を持ち、治療の選択肢を間違えれば、直ちに死にいたる疾患について誤った療法をネットワークによって普及させられたら、その弊害は深刻です。例えば、もし、1型糖尿病の子供たちが、民間商法によるホームページでの情報を信じ込み、それに洗脳されてしまったらどうなるでしょう。インスリン注射をやめてしまうかもしれません。そうなれば、一日ももたずに高血糖になりアシドーシスになるでしょう。2,3日のうちに命を落としかねない重態になってしまうわけです。

難病を持つ患者たちほど、助かる道を探し、どんな情報でも探してはそれを試してみがちです。書籍が中心だった時代では、バイアスのある情報は、出版社の編集者がチェックし、活字にしないことで、一般社会に広めさせないという歯止めがかかりました。しかし、上述したように、編集者の目を通さない形で、患者でも業者でも、誰でもが直接社会にネットで公表できる時代になってしまうと、このようなサイバー情報テロによって起こる医療被害は、今後、増えていくと思います。

悪貨が良貨を駆逐しないような防御が必要

 通常、病院に勤務する医師が日常の仕事以外に、ホームページ運用に時間を割き、管理責任を持つことは難しいと言えます。で研究業績を積まなくてはならない医師たちは、なおさらのことだと思います。

 こうした状況下で孤軍奮闘しているのが開業医たちです。インターネットの世界には、かい行いが提供する多くの疾患関連のホームページがあり、役立つ情報があります。医師の広告規制の緩和により、そうしたホームページがさらに増えてくることも予想されます。ですから、今後、日本の患者教育には、開業医の役割が大きくなるでしょう。また、そうした開業医たちに正しい情報を届けるジャーナリストや専門医の責任も、より重要になるはずです。

 しかし、開業医たちにとってホームページ上での情報提供は、一方では宣伝になるかもしれませんが、リスクがないわけではありません。ホームページにある情報と、実際の診療に乖離がある場合、患者側は医師に対し説明を求めてくるでしょう。それに対し、しっかりと回答ができない医師には、患者は正面から不満をぶつけてくるでしょう。希望を持たせるような内容をホームページ上に掲載しておきながら、実際に診察を受けてみて、希望がもてなかったときの患者のショックは大きいはずです。不満が極まり実名を挙げて非難してくる患者も出てくるでしょう。ですから、開業医屋値にとってホームページ上での掲載は、「疾患に対する理解度」や「文章表現力の高さ」を、多くの患者から問われているのだと覚悟しておかなくてはならないでしょう。少しでも表現が間違ったような内容を掲載してしまうと、それがもとで、患者から恨まれないとも限りません。

 出版業界が不況になっている現在、もはや日本はデジタル社会からアナログ社会への時計の逆戻りはできません。ですから、こうしたデジタル社会の代表であるホームページの悪影響ばかりが表面化してきて、悪貨が良貨を駆逐するような傾向にならないようにするためにはどうすればよいかは、大きな問題点だと思います。すなわち、ホームページ上での情報提供に対し、信頼できる内容や質の高い情報の底尿を維持していくにはどうしたらよいか、情報テロをどうやって防ぐか、といったような問題を、今後は医療業界全体の患者教育における問題として議論していかなくてはいけないと思います。

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