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臨床とインターネットの接点⑧

Medical Tribune 2001年11月22日 40ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

次世代型ネットワーク技術介護分野に革命的な変化

IPv6計画

 最近では、朝起きたとき、テレビをつけるのではなく、パソコンを立ち上げる人が増えているとのことです。テレビとパソコンの境界線が不明瞭になりつつあります。将来はビデオデッキを持つ必要もなくなり、テレビとビデオの役割をパソコンが吸収してしまう時代が来るのかもしれません。このように、家電製品の機能がパソコンのなかに組み込まれる動きがある一方で、逆にインターネット機能が家電製品のなかに組み込まれていくという動きもあります。その代表が次世代型インターネット通信手段、IPv6という企画です。IPとは、データを送受信するための世界標準ルールのインターネットプロトコルで、internet protocol(IP)と呼びます。電子メールなどの情報をインターネット上の住所、つまりアドレスまで、どう届けるかなどのルールを決めているわけです。

 現在のIPはv4と呼ばれ、version4で、12桁の表示です。しかし、これではアドレスが約43億個しか設定できません。地球上には60億人が住んでいますが、将来1人でいくつもIPアドレスを所有する時代になると、すぐにアドレス数が枯渇してしまう可能性が指摘されるようになりました。これを解消するため、IPを12桁から32ケタに増やすという計画が、IPv6計画です。12ケタが32ケタに増えるわけですから、おそらく地球上の人が、数十個のIPアドレスを持ったとしても、数としては耐えられるでしょう。

あらゆる製品がIT機器になりネットワークに連結

 IPv6が可能になると、パソコンだけでなく、テレビやラジオ、冷蔵庫、洗濯機など、家電製品のありとあらゆる機器にアドレスを割り振り、インターネットに直接、接続することが可能になります。そのIPアドレスに対し、例えば外出時の携帯電話やノートパソコン、デジタルカメラ、PDA(personal digital assistant)から操作指令を出すことが可能になるわけです。外出時に自宅のパソコンを操作し、そこからファイルを送信したり、ビデオの録画を行うことなども可能になると言われています。

 そういう時代になると、入院中の患者が自宅のパソコンを遠隔操作し、ビデオ会議システムを構築し、家族と会話したりすることが可能になるでしょう。患者は入院してからでも、自宅のデジタル機器を操作しながら仕事をすることも可能になるでしょう。自宅の管理を家族や知人に依頼しなくても、病院から自分でできますから、患者は入院という物理的な拘束が気にならなくなるかもしれません。

 さらに、体温計や血圧計、心電計にまでIPv6が搭載されると、医師は入院中の患者のバイタルサインを遠隔的に一括集中管理することも可能になります。あるいは、訪問医療において、医師が往診しなくても、体調を壊している慢性疾患患者を状態をリアルタイムで遠隔モニターすることも可能になるでしょう。医師が、ある通院患者の病状を知りたいときに、患者の血圧計や体温計、血糖測定装置などにアクセスし、データを管理することが可能になるからです。医療機関と患者との連携は、ネットワークによって非常に緊密なものになることでしょう。

ブルースーツ計画による無線化も

 パソコンやテレビなどには、どんどんコードがつながり、機器間の接続も大変になるので、無線という機能に期待が高まっています。しかし、従来型の無線LANシステムでは、音声データなどを転送したり、あるいはパソコン以外の端末へ転送するのは困難です。その問題を解決するために考えられたシステムがブルースーツと呼ばれる規格です(名称は10世紀に近隣諸国を統治したデンマークの大王から取っています)。

 この規格は、1998年に世界をリードする大手通信企業、電気企業などの異業種が協議し決めた規格で、この仕様に賛同する企業であれば、公開技術を基に商品を製造することができます。これを利用すれば、多少の障害物があっても機器の向きがずれていても、機器間の距離が10mくらいならば無線接続が可能になり、かつブルースーツ規格同士の組み合わせは自由です。ですから、身体を動かさなくても、周囲にある機器をネットワークで連動させながら操作することが可能になります。これは、特に自由に動き回れない患者あるいは高齢者にとって、便利な機能になるはずです。

 また、このような環境ができると、インターネット環境は身の回りにある端末にどんどん広がっていくことでしょう。人の動きは人らしくなっていきます。これまでのようにパソコン機器が中心で、その前に座らなくてはいけないという物理的制約、つまり人の行動範囲がパソコンによって制限されるという感覚がなくなるからです。逆に人間が中心になり、その周囲にインターネットに接続されたさまざまな機器があるという感覚になります。人はネットワークに対し、より広い開放感を感じるようになるはずです。

 例えば、手が不自由な患者でも口頭で指示を出すことができ、それをPDAやパソコンが認識すれば、それがネットワークにつながって、自宅にある家電製品を動かすことが可能になることでしょう。「冷蔵庫のなかを見せる」と口頭で言うだけで、冷蔵庫の中身がテレビ画面に映し出されるかもしれません。「だれだれと電話をする」「だれだれとチャットをする」と電話機やパソコンに向かって命令すれば、自動的に連絡をとってくれることでしょう。このようなシステムが実現すると、介護分野では革命的な変化が起こると思います。

 さらに、ブルースーツ接続は1対N(7台まで)の対応も可能なので、一度の呼び出しで複数の端末機器を呼び出すことも可能とされます。例えば、身体が不自由な患者の家を誰かが訪問したときに、ネットワークを通じてベッド上の患者が玄関前の人の顔を遠隔的に確認し、遠隔的に玄関のドアを開けて、玄関の電気を付けるということがPDAなどから可能になります。また、インターネットを利用すると、外部から自宅にある複数の装置に対し一斉に命令を出しておくことが可能になるかもしれません。仕事で忙しい独身の医師が、仕事に疲れて遅く帰宅するときでも、自宅に帰ってみたら料理ができていて、風呂がわいていて、冬でもベッドルームは暖まっているという帰宅設定をすることが可能になるかもしれません。

プライバシー保護の問題が浮上

 しかし、次世代のネットワーク社会は必ずしも恩恵ばかりを提供するわけではありません。「エネミーオブアメリカ」(1998年、米国、ウィル・スミス主演)という映画がありました。この映画では主人公がどこにいて何をしていても、誰かに必ず観察されているというストーリーで、個人情報が秘密の権威機関(National Security Agency;NSA)によって、自由に閲覧できる時代が「米国の敵」という映画のタイトルとして象徴され表現されていました。

 上記のような次世代型の発達したネットワーク社会になれば、多くの人たちがさまざまな電気機器同士でつながれた状態が構築されます。しかし、それは自動的に、これまでの常識では考えられなかった深いつながりを個人の意思にかかわらず持たされることを余儀なくされるという状態をつくることになります。それが人と人との触れ合い以上のレベルにまで到達すると、個人情報の漏洩や盗撮、盗聴という犯罪と表裏一体になってきます。例えば、携帯電話やPDAなどを利用し、今その人がどこにいて何をしているかをだれかにいつも知られてしまうことになるかもしれません。もし悪質なハッカーがいて、患者の行動や個人データを自由に閲覧できることになったら、大変な医療機密の漏洩問題となり、ハッカーの侵入を受けた医療機関は訴訟を受けることでしょう。また、医師側が患者から被害を受けることも想定されます。患者が担当医の診療態度を不信に思い、処方傾向や収入、その医師の日々の行動や言動を盗聴することもありうるかもしれません。

 つまり、次世代型のネットワーク社会は患者と医師のプライバシー保護の問題をどうするかという問題を抱え、扱いを誤れば「エネミーオブメディシン(医療の敵)」となる可能性も心配されます。

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