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臨床とインターネットの接点㉔

Medical Tribune 2003年3月27日 40ページ ©鈴木吉彦 医学博士

現実味を帯びてきた動画作成・配信システム

患者指導のより有効なツールに

機内でもネット経由で映画配信

1月に某製薬企業の依頼でインドに招待され、糖尿病性神経障害に関する講演をしてきたときのことです。本来は、飛行機の座席はビジネスクラスだったにですが、たまたまダブルブッキングがあり、幸運にもグレードアップされ、ファーストクラスで旅行することができました。以前、ファーストクラスを利用したときは、小型のビデオデッキを渡され、指定した映画のテープをもらい、それを自由見ることができるというオンデマンド型のサービスが普通でした。

ところが、今回は座席のモニターをボタンで操作して映画を選択すると、「数分待ってください」と表示され、現れたのが映画の動画ファイルでした。提示される複数のファイルのなかで、好みの映画を選択すると、液晶画面に映し出され、再生も巻き戻しも早送りもDVDと同じ方式でした。つまり、飛行機の内部には高速通信ネットワークが整備されていて、動画配信用サーバから映画ファイルをダウンロードして見るというオンデマンド型サービスを体験できたわけです。同じオンデマンド型サービスでも、以前は何種類ものテープを用意しておかなくてはなりませんでしたが、インターネット経由であれば、その必要もありません。ですから、視聴できる映画の種類も10種類以上と多く、シンガポールからインドという日本人があまり利用しない飛行区間でも、日本語の映画を見ることができました。おそらく、このサービスは、今はファーストクラス席に限定していますが、航空各社のサービス競争のなかで、次第にすべての座席で利用できるようになることでしょう。

また、東京ではテレビコマーシャルや電車などの広告に、オンデマンド型映画受信ができる高速インターネット環境整備を目玉にしている分譲マンションやホテルなどが目につくようになりました。最近、東京では新築ビルやマンションが次々と建てられ、それには光ファイバー型高速インターネット環境が整備されているのが当然の条件となっているようです。

このように、インターネット社会は常に進歩しています。ADSLやケーブルテレビ局が実施するインターネットサービスが今は利用人口を伸ばしてはいても、近い将来、より質の高いサービスを求め、映画配信を普通に楽しめるような光ファイバー環境を求める人たちが増えてくることは確実のようです。

ADSLの80~600倍の速度

最近の話題ですが、米スタンフォード大学などの国際共同研究グループがインターネットの通信速度の世界記録を更新したという記事を目にしました(日本経済新聞より)。それによると。実験はカルフォルニア州のスタンフォード大学の線形加速器センターとオランダのアムステルダムの間で行われました。アメリカ大陸と大西洋をまたいだ地球規模の実験で、毎秒923メガビットもの速度でデータを送信できたということです。現在わが国ふぁ普及しているADSLによる通信の80~600倍に匹敵する速度になります。具体的には、最先端の通信仲介装置やソフトウエアを組み合わせると、DVD2枚分に相当するデジタル情報をほぼ1分間で送れるということです。このようなシステムができると、例えばハリウッドで制作された映画は、ハリウッドの映画配信用サーバに設置されると、日本の家庭ではそれを1分間でダウンロードし、テレビで映画を見ることも可能になってきます。

なお、このシステムは次世代の超高速通信網を構築するために世界的200の大学や研究機関が参加する「インターネット2計画」の一環として行われたもので、医学などの先端科学研究での利用に優先的に導入されるとのことです。つまり、この超高速通信を最初に体験できるのは、われわれ医療関係者になる可能性が高いのです。そして、医療分野でどう応用されるかは、今後のインターネットの将来を決める重要な参考資料となることでしょう。

自作の動画を患者指導に利用するクリニックも

先日、広島で開業されている石橋クリニック(院長:石橋不可止先生)を訪問させていただく機会がありました。石橋先生は糖尿病の分野ではご高名な方で、クリニックでの診療の傍ら、2階には実験室を設けており、臨床と研究とを両立されています。訪問して驚いたことは、動画をご自身で作成し、それを患者の個別指導に実際に応用している点でした。動画の制作にはクリニックのスタッフを動員しています。自作自演ですから、いつでも変更や追加ができます。つまり、医師が自分で動画を制作・編集し、それを患者指導に生かすという時代になったということが、石橋クリニックでは実証されていたわけです。

このような患者個別指導の在り方は、動画作成やDVD-Rなどを利用した大容量データ保存システムが普及するにつれて、日本中に広がるのかもしれません。そうなると、診療所などを受診する患者は、診察前の待ち時間などを利用して、その施設の治療方針を動画によって説明され、予備知識を得ることができるでしょう。それは患者の治療に対するコンプライアンスを高めることになり、かつ医療スタッフの手を煩わせないですむ分だけ、診療の効率化につながります。糖尿病などの生活指導が重要視される分野では、特にその効果は大きいでしょう。大学や大病院のような何人もの患者が列をなして待たされるような状況では、このようなシステムを構築するのは難しいと思いますが、診療所のような自由にシステムが組み替えられる小施設においては、数個のパソコンを待合室に設置するだけですみます。診療所と大病院の医療の質を差別化する重要な要素になるかもしれません。

製薬企業の情報サービスにも転機

そして、そうした社会的潮流が定着してくれば、製薬企業の医師に対する情報サービスにも、大きな転機が来るかもしれません。これまで製薬企業はインターネットを利用し、おもに病気の説明を中心とした内容をホームページというHTML形式で情報発信してきました。なかには、Power Pointファイルのダウンロードサービスを提供し、そのなかにある画像ファイルなどを自由に診療の場でご利用ください、といったサービスを提供している企業もあります(図)。一方、ビデオを作製し、それを医療施設に「貸し出し」という形で配布するというサービスを重要視する製薬企業もありました。しかし、今後は、それらは一本化され、文字情報も画像ファイルも動画ファイルも、すべてインターネットを通じて配布される時代になり、さらに時代が進むにつれて、情報量が多い動画情報の配布サービスの比重が増していくに違いありません。

MRから聞いた情報では、ある糖尿病関連医療器材を販売する企業では、今年の夏ごろから、従来のVHSビデオテープ貸し出しサービスに代わって、MPEGといった動画圧縮様式で作成した動画ファイルを医療施設い配布してくれるようです。そうなると、何本ものビデオテープを外来や病棟に置いておく必要もなくなります。ビデオテープでは頭出しがたいへんでしたが、デジタル化されていれば、患者にとって、手技がわかりにくい部分だけを頭出しできるようになり、生活指導お効率も上がります。あるいは、その施設の指導として必要な部分だけを抽出し、要点だけをまとめた細かな動画ファイルに分割しておけば、ストーリーの組み合わせも自由自在になり、その施設独自のきめ細かな指導も可能になるでしょう。また、MPEGファイルであれば、わざわざMRから入手しなくても、インターネット経由でダウンロードすることが可能です。高速インターネット接続環境と、MPEGを再生できるソフトがあれば、パソコンにDVD再生装置が装備されていなくても利用が可能です。さらに、患者自身もダウンロードできるわけですから、来院する前に自宅で見ておいてもらうことも可能になります。

このようなシステムが普及すれば、慢性疾患の生活指導環境は動画を利用した個別指導が中心となり、大きく様変わりするに違いありません。「インターネット2計画」には、大学や研究機関を含めるだけでなく、診療所や製薬企業なども含めた、より大規模で臨床的な実験の機会を提供してもらいたいと思います。

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