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臨床とインターネットの接点②

Medical Tribune 2001年5月24日 38ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

変化する「患者の会」や「患者教育」の概念 時代を先取りした『パッチアダムス』

 入院すると、同室に同じ病気を持つ人がそばにいて、その人が病気の相談相手になってくれたり、自分の経験を話してくれたりします。時には、医師やナースよりも、もっと丁寧に親身になって病気の説明をしてくれることもあります。

 特に、病気と診断されたばかりのころは、患者はこれからどうなっていくのだろうと不安が大きいものです。インターネットがない時代には、そうした不安の相談に乗ってくれるのは原則的には医師やナースでした。しかし、たまたま同じような病気を持っている人(患者)も相談にのってくれたりします。

実際、このような「病気の先輩」である患者からの助言により、「病気の後輩」である患者が自立して治療を続けようとする思いが、治療上の励みになることは実際には多いのです。

これは、医師が直接、患者に教育しなくても、他の患者がその医師の仕事を助けてくれることになり、医療現場においては治療を支えてくれる一つの力として大きな貢献になります。

 こうした概念を描いた作品が『パッチアダムス』という米国映画だと思います。この映画では、患者同士が協力しあい、互いの健康に対し、相互に補助していくというコンセプトを物語ったものです。パッチとは「あてがう」という意味です。医師だけでは完全に遂行できない「医療行為を「患者同士があてがう」ことで補助していこうという概念が、パッチという言葉に含まれています。

 インターネットが普及するネットワーク社会になれば、ある特定の患者(病気を克服した患者)が、ある特定の患者(病気に直面している患者)に対して、知識を与えてくれる機会を持てる事自体が、ネットワーク上での「患者の交流」の場になり、それをインターネットによる「患者の会」と呼べるようになるかもしれません。『パッチアダムス』は、そうした時代の流れを先取りした映画と言えるでしょう。

拘束されたくない患者にも有用

 例えば、糖尿病の場合には、患者同士が入院という形で一緒に集まって、勉強し合い、ともに食事や運動をする経験を持つことで、体験を分かち合い、知恵を出し合い協力するシステムがあります。それは糖尿病の領域では「教育入院」と呼ばれています。

しかし、教育入院というシステムは、勉強はできますが、入院するという物理的な拘束が患者に義務付けられます。拘束されるのが嫌だから入院ができない、だから勉強ができないという患者もいます。そのような患者に対し、これまでは外来受診の際に新たな講座を設け、そこで勉強する機会を与える事が必要でした。そういうシステムは、糖尿病の領域では「外来教室」と呼ばれる概念です。

 しかし、インターネットが広まるといつでもどこからでも教育ができる、勉強ができるという機会を糖尿病患者に与える事ができます。wwwの世界には、無数の病院が提供する糖尿病についての情報が認められます。ホームページから教育効果が上がる情報を入手できるという条件が満たされるならば、糖尿病とはどういう病気なのかというような基本的知識については、インターネットだけで十分な知識が得られると言えるかもしれません。

 さらに今後は、医療側が提供するホームページ上に、ビデオ配信を行う場があると、情報の伝達は2次元的な価値に高まります。患者が、いつでもどこにいても、医師の講演をビデオ配信を通じて「聴講する」事が可能になるのです。

急性疾患にも大きな助け

インターネットが及ぼす影響は、糖尿病や高血圧、高脂血症などの慢性疾患だけにとどまりません。急性疾患の医療にも影響を及ぼします。急性疾患は、いつ発病するか分からない場合が多いわけですが、いったん発病すれば、患者は昼夜を問わず一刻一秒を争い、診断や治療に関する確実な情報が必要となります。

特に発病や病状の増悪が夜間に起こる時には書籍や雑誌から治療するための情報を入手したくても夜間には書店は閉じています。1日24時間のうち、書店が開いていない時間の方が長いのです。また、都会では医学・健康系の書物を品揃えした書店があり、多種類の書籍が見つかります。しかし、近所に小規模の書店しかない地方では、適当な書籍が見つかる確率は低くなります。また、書店が多い地域であったとしても、適切な情報を持つ書籍がどの書店にあるかを見つけるだけで、相当な時間がかかります。急性疾患にかかった時、そのような調べ物をする時間的な余裕がありませんから、インターネットは大きな助けになります。

健康に関するホームページはインターネット環境が利用できるところであれば、24時間いつでもアクセスできます。急性の症状が起こったときでも、事前にその症状が起こる背景や原因をインターネットから検索し、患者本人あるいは家族が予備知識として持っていれば、診察時の補助になります。医師は患者に説明し指導する際に、患者が基礎的知識を持っていれば、それだけ説明や指導がやりやすくなり、患者の同意のもとでの治療を迅速に進めやすくなります。ですからホームページ上に正しい予備知識が記載されていることは、日本の医療にとって重要なことになります。

もし、ホームページ上にある知識が医療的に誤った指導内容であれば、その記載内容を信じた患者が病気を誤解し、民間的治療で様子を見ている間に病状が悪化する事がないとは言えません。例えば、中毒や感染症などに関係した情報は急性であり伝搬性であったりするので、もし誤った知識が広まったら危険です。つまり、正しい情報をホームページ上に掲載しておくことには、大きな社会的責任を持つことになるでしょう。

難病の教育にも役立つ

患者数の少ない病気の場合には、「教科書」あるいは「解説書」がちまたの書店では見つからない事がよくあります。それは、出版社にとっては採算が合わない事業だからです。出版社は、多くの部数が見込めない事がわかっている書籍を、あえて出版しようとはしません。

しかし、インターネット上に情報を掲載することは、出版することと比較し、何百分の1の費用で済みます。一般にホームページは月々1,000円程度で、ホストサーバを持つ事ができます。そこに、病気に関する「教科書」となる文字情報を置いておけば、世界中のだれもが見て読む事ができます。ですから、難病を持つ患者のために情報を提供しようと考える医療関係者やボランティアたちは、採算性を心配せずに情報提供する事が可能です。このように安い値段で情報発信できることは、教科書を作りにくい数の少ない病気の患者にとって、素晴らしい機能であるわけです。

 なお、厚生労働省によると、がんや心臓病などの「慢性特定疾患」を持つ小児は全国に約11万人いるとされますしかし、高度先端医療を行える専門病院は首都圏などの都市部に集中しています。(2001年2月3日、日本経済新聞)

他人に話しにくい病気はネットで調べる

例えば、肛門の病気や他人に移してしまうかもしれない感染症など、患者は他人に相談しにくいものです。また、感染症などにかかっている心配がある時には、患者は病院で診察を受けにくく、受診をためらいがちになる事が多くあります。書店に行って、関連する書籍を購入しにくい病気もあります。

その書籍を購入したことを家族には知られたくない、家族には心配かけたくないから、病気の本は自宅には持って帰らないという患者もいることでしょう。このように、病気に関する知識をこっそりと調べたい場合には、インターネットは個人の秘密を守りながら調べる事ができるという点で絶好の道具です。

ただし、ホームペーへのアクセスなどのインターネット世界での行動履歴は第三者によって覗かれる可能性が全くないとは言えません。医師は患者に対する教育として「インターネット上での行為は、患者個人の機密が100%守られているわけではない」ことに留意するよう指導しておかなくてはならないでしょう。

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