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臨床とインターネットの接点③

Medical Tribune 2001年6月28日 39ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士


医師が電子メールを使うための注意点 メールアドレスも立派な個人情報


ホームページから送受信できる


 電子メールは、多くの医療関係者が日常的に利用する道具となりました。電子メールアドレスを持つのは電話番号を持つことと同じ感覚になっています。また、一人の医師でも、複数の電子メールアドレスを持つ場合もあるようです。一つのアドレスはプライベートで、もう一つは公用のアドレスにしている人もいます。あるいは、ホームページ上から送受信できる電子メールもあり、電子メールの内容は、自宅のパソコンの電子メールソフトで受け取るのではなく、ホームページ上で受け取るなど、ネット上で送受信が管理できます。このサービスを利用すると、最低限、インターネットを利用できる環境、つまり、ホームページにアクセスできる環境であれば、どこからでも電子メールの送受信が可能になります。
学会などで海外に出張すると、外国のインターネットカフェでは、このホームページを使った送受信サービスを利用して、母国の人たちと連絡を取り合っている人たちを多く見かけます。海外に行って、メールのチェックだけしたいという人にとっては、わざわざパソコンを携帯しなくても良いので、便利なサービスであるということで世界中に広がっています。
 医療の現場での電子メールの利用は、多岐にわたると言えるでしょう。医師と医師との連絡は電子メールで行われており、特に海外とのやり取りに電子メールを利用しない医師は、例外と言って良いかもしれません。昔は手紙で数日使っていたやりとりも、電子メールであれば一瞬でできるからです。
 しかし、あまりに返事が迅速すぎて困ってしまうこともあります。例えば、朝に日本からメールを出すと、米国の夕方にそれが到着し、すぐに返事が来ます。ですから、出勤前の朝の仕事が増えてしまって、出勤時にはくたくたに疲れてしまっていることも少なくないのです。
 さらに、最近では電子メールには、HTMLをそのまま送れる機能もあります。それを利用するとHTML画面を、そのまま相手に送信することも可能になってきます。画像をHTMLの中に埋め込んで送ることも可能になり、あたかも電子メールそのものが、一つのホームページの画面を送るような形での送信が可能になってくるわけです。
 ただし、送信側と受信側との電子メールソフトに互換性がない場合、送信側の意図通りに、受信側で正しく内容が表示されているのかどうかわからないという点は問題です。昔はたくさんの種類があった電子メールソフトは、現在では数社のソフトに集約されつつありますが、栄枯盛衰があるので、こうした互換性の問題は将来にわたって絶える事がないでしょう。

会員名簿への安易な公開は問題


 医師が電子メールを医療の現場で利用する際の問題点の一つに、電子メールアドレスが個人情報に当たることを多くの人が認識していない点があります。例えば、学会などで医師の名簿が作られますが、その名簿には、医師の勤務先の電話番号だけでなく、自宅の住所や電話番号が記載されている場合があります。
 そうした個人情報が会員に書籍となり配布されますが、時としてそれが業者の手に渡る事があります。業者はそれを利用し、医師の自宅に電話し、マンション販売などの様々な営業活動に利用するのです。 
もし電子メールアドレスが、例えば、学会名簿や医師会名簿などに集約されて記載されたとしたら、それだけで、業者にとっては価値の高い個人情報になるはずです。そして、電子メールアドレスを利用し、メールを送ることは、電話を直接するよりも、あるいは郵便物を送るよりも、安く早く情報を伝達できるので、上記のようなダイレクト販売の悪徳業者にとっては、絶好の個人情報になります。
 ですから、医師は電子メールアドレスを世間に広く教えるかどうかについて、今後は慎重に考えなくてはいけないと思います。医師の中には、いろいろな考え方をする人がいて、電子メールアドレスだけでは個人情報ではないのではないか、と考える人もおりますが、それは誤りだと思います。
 個人情報とは、本人を特定できる情報を指すもので、その意味では、電子メールアドレスだけで確実に個人を捉えることは可能であり、業者にとっては、それだけで必要十分な個人情報なのです。もし、これを名簿などで広く世間に公開してしまえば、その名簿に記載されている医師の自宅には、多くのスパムメール(宣伝広告を意図とした無用なメール)が届けられることを覚悟しなくてはならないでしょう。
 米国では、そうしたスパムメールを取り締まる法律があるとされますが、我が国では、まだそういう法律(反スパム法)が整備されていないからでしょうか、私の自宅には毎日、多くのスパムメールが届きます。医学系の学会や医師会などが、会員相互の交流のために便利だからということで、安易に電子メールアドレスを集め、会員名簿に公開してしまったら最後、その名簿は業者の手に渡り、会員にはスパムメールが日々届けられる事態も考えられなくはないわけです。ですから、そうした医師の会合、集会を管理する組織においては、今後、個人情報の取り扱いを十分、慎重にしていただきたいと思います。

患者に教えるべきかどうか


電子メールアドレスを臨床で利用する場合、医師が自分の電子メールアドレスを外来患者に教えるのかどうかは、難しい問題になるでしょう。
 それは、医師個人の自宅の住所や電話番号を、患者に教えることと同義になるからです。すなわち、患者がそのアドレスを利用し、医師個人にメールで相談をしてくることを許可してしまうことになります。米国では、糖尿病患者の管理に患者が海外に行く際には、医師と電子メールで連絡を取り合うという例があるようです。私の場合も、例外的にある特定の患者に電子メールアドレスを教える事があります。例えば、米国に留学した糖尿病患者が、日本で入手できていたインスリンが入手できないので、どうしたらよいか、というような相談をしたい場合、本人でなければ事情を確認できないため、家族に電子メールアドレスを教えて、米国にいる患者本人とメールで情報を交換した事があります。このような場合には、患者とのメールのやりとりは問題解決のために貢献したと言えるでしょう。
このような特殊なケースとして扱える場合は問題ないわけですが、日常的に患者の相談を電子メールで受け取ることには、大きな問題があるのではないかと考えています。もちろん医師が患者からメールで相談に答えることは物理的には可能ですが、法律的な問題や、そうした情報のやり取りによって事故などが起こった場合の責任問題をどうするかが解決されていないからです。そうした事故に対する考え方に確固とした指針がない状態での「医療相談」行為の継続は、医師にとっても、あるいは患者にとっても、危険ではないかと考えるからです。

免責されるかどうかは微妙


例えば、医師から見れば無料で相談に答えてあげているのだから、全ての事故に対して「免責」がある、と考えたいのでしょう。しかし、実際、医療事故が起こった後からでは、それが社会的に医師の行為として「免責」として許されるのかどうかは、微妙な問題を含んでいます。うがった見方をすれば、患者から良い医師と思われたい、あるいは医院や病院の宣伝目的のために、あえて相談に答えていたにもかかわらず、事故が起きると、その医師が行なっていた行為は善意のみで行っていたのだから全く責任は取らない、自分は関係ない、と突き放す医師も多く出てくることでしょう。そうなると、それまで相談をしてきた数々の行為の全てが、偽善的かつ無責任な行為であったとしか見えなくなるかもしれません。そして、そうした事例が増えていくことによって、社会に対する医師の信頼感は失墜していくかもしれません。
また、もし、インターネットにおける医師の助言によって死亡例が出た、と報告された場合にはどうなるでしょうか。その医師の実名は掲示板などで暴露され、社会的批判の矢面に立たされ、その医師には連日講義や批判のメールが届くかもしれません。そういう社会的非難を避けるためにも、インターネット上で医療相談を受ける医師の個人名は、隠している場合が多いようです。
 しかし、今度は匿名であるがゆえに、相談内容の信憑性が問題になることも少なくないでしょう。もし、匿名の医師がアドバイスをした回答を患者がプリントアウトし、病院の外来診察室に持ってきて、「インターネットで、匿名の医師からこういうアドバイスを受けたのですが」と持ちかけられても、現場の医師にとっては、回答者がどういう医師なのか特定できず、そのようなアドバイスを考慮に入れて診察をすることはあり得ないでしょう。また、もし、そのアドバイスが担当医の考えに反したものであった場合、患者は担当医に対し、誤解や不安を抱くようになるでしょう。

危険や恐怖も自覚すべき


このように医師の電子メールアドレスは、医師が考えている以上に社会的には貴重なものであり、悪用されやすいものです。善意で教えてしまう事が、悪意で利用されることもあり、また教えない事で不要な誤解を受けてしまうこともあるかもしれません。
今後、インターネットが拡大することで、インターネットはバーチャル世界であるという言葉が使われなくなってくるでしょう。それはインターネットがバーチャルではなく、リアルの社会と融合して、リアル社会での大きな影響力をも持ってしまってきているからです。普通の社会に溶け込んできているインターネットという道具は、その利便性とともに、その反面に潜んでいる危険や恐怖も自覚して利用していかなくてはいけないと思います。

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