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臨床とインターネットの接点㉖

Medical Tribune 2003年5月22日 34ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

医療業界における「ネット取り引き」 

仲介業者における製品チェックが課題

若手開業医師には魅力か

 株式の売買や商品の購入などに、インターネットを利用する機会が増えています。既に株式の世界では個人投資家の取り引きの8割はネット取り引きが占めるようになったとのことです(5月3日付日本経済新聞より)。手間がかからず手数料も割安ですし、地球上のどこからでも頻繁に取り引きが可能なのですから、人気があるのは当然でしょう。

 「取り引き」と言えば、競売(オークション)の仕組みを取り入れた「ネット競売」も普及し、視野が広がっています。しかし株式取り引きと異なり、取り引き相手の顔が見えないだけに、危険が付きものです。取り引きが成立したのに商品が送られてこないとか、出品情報と商品が異なるという詐欺事件も後を絶たないようです。私自信も、中古パソコンをネット競売で購入した経験があります。しかし、不良品でハードディスクが破損していました。ハードディスクは交換可能だったのですが、泣き寝入りしたケースでした。

 このように、落札して送られてきた商品がホームページに掲載されていたものより商品価値が低かったり、異なっていたりした場合、責任を問うことができるかどうかという点が、「ネット競売」の最大の問題点です。一般には、ネットでも実社会でも商品が落札された場合、出品者と落札者は売買契約を締結したことになります。ですから、出品者は出品情報に掲載した商品を引き渡す義務を負うことになり、もし商品に欠陥があった場合には、民法の規定により、落札者は出品者に損害賠償を請求できます。

 こういう経験を持つと、ネット競売を利用するのはやめようと思うようになりますが、もし競売を仲介する事業者が売買情報の仲介をするだけでなく、製品についても十分なしチェックをしてくれるならば、考え直してもよいのではないかとも思います。医療機関の場合、高価な商品が多いわけですから、もし不良品に当たったらたいへんな損害になります。一方で、今後、わが国では若手で開業する医師の数が急増していきます。ですから、開業資金が不足している医師にとっては、仲介事業者にしっかりと医療機器などの性能をチェックしてもらえるのであれば、多少の手数料が上乗せされても、安価な中古品の医療機器をインターネットの競売で得る仕組みは魅力的なはずです。

ネットを利用した「逆オークション」も

 社会全体にデフレ経済が進行するなかで、オークションの仕組みを応用展開したネット上での「逆競売(逆オークション)」という取り引きの仕組みにも注目が集まっています。これは、競売とは異なり入札価格を競り下げる競争を、売り手側に要求する仕組みです。

 例えば、医療機関や薬剤のなかには、有効期限が付いている製品も多くあります。有効期限を過ぎれば、その商品には利用価値がなくなります。ですから、売り手は有効期限が近付くにつれ、次第に売価を下げざるをえなくなります。その結果、買い手である医療機関側は交渉で安価を引き出したり、最適な売り手を見つけて、安価に商品を仕入れることができるわけです。これは従来から可能でしたが、一部の地域やグループ機関に限られていました。しかし、インターネットを利用すれば、それが迅速に、かつ場所や時間を問わず、取り引きを成立させることができるようになります。つまり、このシステムをネットで行えば、買い手は売り手が値段を下げるまで、じっくりと待つことも可能になります。個々の医師が複数の売り手を比較することも容易になります。ですから、有効期限がある医薬品や試薬などの取り引きに限れば、この逆オークションは買い手にとっては有利な仕組みなので、拡大する可能性があります。反対に、医薬品などの卸業者や製薬企業・試薬製造企業などにとっては、普及して欲しくないシステムになることでしょう。

「分離発注」も可能に

 インターネットを活用すれば、「分離発注」という取り引きシステムも容易になります。例えば、従来は複数の商品がセットで販売されていたとします。一般にはセット価格のほうが単品で購入するより安いはずですが、サービスによっては必ずしもそうではない場合もあります。セットのなかにある個々の商品には、利用価値の少ない商品が含まれている場合もあります。ですから、ネットによる分離発注が可能になれば、セットとしてあるべきものを個別要素に分解して、そのなかで最も優れ、かつ安価な商品を個別に探すという手法も可能になるはずです。

 例えば、糖尿病の分野では、簡易血糖測定システムは、販売企業、測定器、測定用の血糖センサー、採血器具、採血器具用の針などの要素に分解して考えられます。インスリン注射システムも、販売企業、注射器、インスリン液、注射針などの要素に分解されます。これらの要素を、個々にインターネットを利用し分離発注して、最適購買の仕組みをつくるのは、医療施設や薬局の経営にとって、重要な判断条件になっていくかもしれません(図)。

 また、わが国で製造され安全性が保証された製品が海外に輸出され、その製品を海外の医療関連雑誌で見ると、わが国の市場価格よりも安い価格で販売されているケースもあります。そうした場合、海外から輸入したほうが、わが国で入手するよりも割安な場合があるはずです。「分離発注」という概念が広がり、もし医療用医薬品、医療機器などの輸入規制が緩和されれば、わが国で購入するか、海外から輸入するかという判断も、考慮すべき案件になるでしょう。インターネットの利用には国境はありませんから、そうした国際的な「分離発注」の作業であっても、きわめて簡単にできるはずです。

医師の労働が「ネット取り引き」される可能性と危険性

 検診の時期になると、医療施設は途端に忙しくなります。一般的に、ピークは春と秋の2つの時期です。企業によってはピークをずらして検診にかかるコストを抑えるケースが増えてきているようです。検診を提供する医療側にしても、ピークの時期だけ働いてくれる優秀な医師やナースや技師を、適切なアルバイト料で雇用できれば、経営側としては助かります。医師やナースにとっても、確実にその時期にアルバイトができるというのであれば、結局は安定収入につながりますから、メリットが大きいかもしれません。特に、今後は医師の人口が増えてきます。病院や大学を退職したら職がないという高齢医師が増えてくるだろうと思います。そうした医師にとっては、安定収入を見込める検診のアルバイトは、重要な機会だと思えることでしょう。

 こういう医師のアルバイトに対する取り引きは、これまでは大学あるいは病院内の人事や同窓生や医師会、医師個人の人脈などを利用してやり取りされてきました。しかし、インターネットを利用した求人求職のホームページが、大変な人気コーナーになっているという現状を見ると、医師のアルバイトも次第に「ネット取り引き」の1つとして考えられる時代が到来するかもしれません。つまり、検診の時期だけ比較的安い賃金で、よく働いてくれる医師を求めるという求人システムが、ネット上の取り引きの1つとして実現するかもしれません。

 ただし、心配なのは医療においては医師の専門性によって、得意分野と非得意分野があることです。仕事を取りたいがために、非得意分野にも仕事の幅を広げてアルバイトを探してしまう医師が増えてくると、それは医療ミスの発生を増加させることになるでしょう。ですから、ネット取り引きといっても、やはり仲介する事業者がいて、医師の臨床的な技量についても十分なチェックをしてくれるシステムが必要です。雇用する側としては、ネット上の求人情報だけで判断するのではなく、必ず本人に面接をし、履歴書や臨床上の実績などをチェックしてから依頼をし、医療ミスを起こした場合の責任の所在などについても明確にしておく必要があるでしょう。

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