浅岡 伴夫監修 井出和明、尾山健治共著
日本での実践事例を徹底紹介
第3章日米のone-to-one導入事例と業種業態別導入シミュレーション 138ページ(鈴木芳彦より引用)
④導入事例3・・・ソニーコミュニケーションネットワーク(医療分野の専門情報を提供)
医療情報の総合サイトへの取り組み
現在の進歩した医学をあまねく人々が享受できるようにするには何が必要だろうか。その一つの鍵が、高度な医療情報の流通にあることは、医学の専門家ならずともある程度想像がつくところだろう。最前線に立つ医師や看護婦、薬剤師、栄養士などの医療関係者が、それぞれの専門分野の最新情報を的確に、すばやく入手することができれば、たとえば僻地の診療所の患者にも世界の最新の医療を提供することが可能となる。
そして、医療情報の流通というテーマにおいて、現在急速な勢いで活用が進んでいるのがインターネットである。ここでは、その代表的な取り組みの事例として、ソニーコミュニケーションネットワーク(インターネットサービス名称・・・So-net)が運営する医療専門情報の総合サイト「Medical Profession(http://www.so-net.ne.jp/medipro/)」の動向に注目してみたい。
So-netといえば、「元気でVIVRE」、家庭の医学(http://www.so-net.ne.jp/vivre/)や「VIVANE the DIET(http://www.so-net.ne.jp/vivane/)」など、医学や健康に関するコンテンツで定評のあるところだが、そうした一連の医療情報サービスの中でも特に高い利用率を誇っているのがMedical Professionなのだ。そして、同サイトが次なるステップとして踏み出そうとしている取り組みから、One-to-Oneの新たな可能性が見えてくる。
まず、Medical Professionの概要を述べておく。一九九六年四月より試運転を開始、九七年八月より本格稼働を開始した同サイトの目的は、数多くの大手医書出版社、医療関係企業及び各方面の学会と提携することにより、医療関係者が必要とする有用な情報を、カテゴリーに分けてわかりやすく整理した上で、一つのサイトに集結させて提供することにある。また、この基本コンセプトに基づき、社の編集者等によるチェックを経た上で発信されるため、ユーザーにとって信頼のおける非常に高品質な情報ソースとなっているのが特長だ。
- ターゲット層
医師、薬剤師、看護婦、栄養士、獣医、検査技師をはじめ、医療関係の研究者に至るまで、医療関係者全般
- 提携企業
医学書院、南江堂、医師薬出版、JAMIC、南山堂、薬業時報社、中山書店、日本メディカルセンター、先端医学社、丹水車、日本糖尿病学会、サンメディア、日本所出版協会、日本睡眠学会、日本光電ウェルネス、SSRI、医学図書出版、日本医学出版、アポプラステーション、アクセルシュプリンガー、診断と治療者、ユサコ、医学教育出版社、永井書店、ケアネット、日本経営(MMI)、ケイネット、金原出版、ライフサイエンス、国際医学情報センター(九十八年八月現在)
- サービス内容
【無料サービスの例】
・遺書出版各社が提供する代表的なニュース最新号の掲載
・1万六千冊以上の医療図書目録検索サービス(毎月更新)
・その他・・・求人求職情報、五〇誌以上の雑誌紹介、四種のデータサービスなど
【有料サービスの例】
医療関係者のみが登録/利用できる会員制の有料サービスコーナーとして「MediproClub」を開設し、次のようなサービスを提供している。
・MEDLINE(メッドライン)
世界最大の医学文献データベース検索サービス。現在、MEDLINEはCD-ROMあるいは他社サイトからも提供されているが、CD-ROM版は約二〇万円、一般的なウェブサービスでも三〜六万円/年と高額であることが利用上のネックとなっていた。これに対して「MediproClub」では、五〇〇〇円未満の年間利用料でサービスを提供しており、医療関係者にとっては画期的なプライス設定となっている。
・医療関係者限定のオンライン談話室の利用
・月刊雑誌「Medipro News」のメール配信サービス
・その他・・・「病院で使う英会話」「英文雑誌名略称集」、「ナースのためのOne pointアドバイス」、「全国救急病院リスト」「臨床医学和雑誌特集記事データベース」などのメニューを充実
新サービス「My Medipro」とは
そして九八年八月、同社はこうした医療専門情報サービスのさらなる充実を図るべく、これまでのシステムにブロードビジョンの「Broad Vision One-To-One」を付加し、One-To-Oneの考え方を全面的に打ち出した「My Medipro」と呼ばれるサービスをカットオーバーした。
それに先立って同年五月よりテスト運用を開始、Medipro Club会員の中から二回にわたってモニターの募集を行い、利用面からの評価を受け、不満点の改善を重ねながら、本稼働を目指してきたものだ。
従来のサービスとのコンセプトの違いを一言で言うと、基本的に誰でもアクセスが可能であったMedical Professionに対して、完全に医療関係者だけに限定したサービスとして提供されるのがMy Mediproである。
これにより、医療関係者同士の情報交換も安心して行えるようになった。さらに、サイトへの製薬会社の参加も増えていく中で、「医師からMR(Medical Representatives=医薬情報担当者)の方々へ」、あるいは逆に「MRから医師の皆様へ」といった双方向のコミュニケーションにも利用できるようになるなど、これまでのウェブページでは、不可能だった、さまざまなアイデアが盛り込まれている。
なぜ、このような密接なコミュニケーション機能が求められたのか、その背景についても説明を加えておく必要があるだろう。特殊な世界、とはいわないまでも、医療は一般のビジネスとは違った次元での高い「信頼」が要求されるのである。
たとえば医薬品は、有効性と安全性という二つの重要な情報が付加されることによって、はじめて製品として成立することができる。もともと単なる化学物質に過ぎないモノが、医薬情報の提供、収集、伝達といったコミュニケーションを経て信頼を獲得し、医師の処方につながる「役に立つ医薬品」へと仕上げられていくのだ。
現在、こうした場面で非常に役割を担っているのが、MRと呼ばれる人材であり、彼らが日常的に展開している次のような活動からも、医療現場におけるコミュニケーションの重要性の一端を知ることができる。
- 効能、効果、用法、要領、作用機序、副作用など、科学的根拠に基づいた医薬品の最新データを医師に対して提供する。
- 正確な臨床データを医療現場から収集する
- 収集した情報を、迅速に幅広い医療現場に伝達する
- 同時に製薬会社にも情報をフィードバックし、新薬の研究開発に役立てる
とはいえ、こうした「人間系」による活動に頼るにしても限界がある。医薬品の進化、医療の専門文化に伴い、医師からの情報ニーズはますます高度化、専門化しているからだ。医療機関を訪問するMR自身の知識や経験にも個人差があり、しかも、医師が必要とするのは医薬品の情報だけではない。
一方では、「時間」という問題もある。特に最近は、現場の医師たちの忙しさがピークに達しており、いかに優秀なMRであろうと、頻繁に来られては対応に困るというのが実情だ。やむを得ない措置として、訪問規制を敷いている医療機関も珍しくない。
そうした中で、より的確かつタイムリーな情報伝達や、専門化同士の緊密な意見交換をサポートし得る、ネットワーク環境の整備が求められるようになったわけだ。このテーマに向けて先陣を切ったMy Mediproの意義をご理解いただけただろうか。
One-To-Oneを適用したねらい
さて、ここであらためて気になるのが、このMy MediproにOne-To-Oneの考え方を取り入れた狙いが、どこにあったのかであろう。この点について、プランニングからコンテンツの整備に至るまで、サイト運営の全般をプロデュースしてきた鈴木吉彦医師(SMHプロジェクトマネージングディレクター)は、次のように語っている。
「医療の世界は専門分野が非常に多岐にわたっており、そのすべてを一つのウェブページの中で網羅しようとすると収拾がつかなくなってしまいます。率直なところ、今あるMedical Professionでも情報量が多過ぎるというのが実感です。すでにIP(情報提供者)の数もトータルで五〇社を上回っており、そうなると新著情報を整理することすら困難になってきます。そこにOne-To-Oneのメカニズムを適用することで、利用者はそれぞれの専門分野に特化した情報を得られるようになり、逆にIPの側にとってみても、ターゲットとする人に向けて、タイムリーな情報を提供することが可能となります。このようにOne-To-Oneへの潜在的なニーズは高まっていたわけで、まさに機は熱したといったところでしょうか」
MyMediproの特徴を簡単にいえば、利用者のニーズにあった医療情報を、利用者自身が個々に選び出し、パーソナライズされたウェブページを自動的につくるシステムである。こうして利用者は目的のコンテンツを迅速に、かつ好みの画面で入手できるようになる。要するに、一人一人の利用者が、それぞれに異なるMy Mediproを体験できるようになるというわけだ。
たとえば、製薬会社からの添付書類などの閲覧、学会からの連絡事項の通知、あるいは学会抄録の締め切りまであと何日か、といったきめ細かな情報伝達を個別に行うことが可能となる。また、先に述べた医学文献データベースMEDLINEにOne-To-Oneのメカニズムを適用すれば、検索できる英文雑誌約三千誌のうち、常に最新情報を読みたい雑誌だけを自分なりに選択しておき、優先的にチェックできるようになる。分野ごとのMEDLINE検索を、キーワードのクリックだけで実行できるようにするといった、カスタマイズも可能となっている。もちろん、Medipro Club談話室などの既存のサービスの利用や、臨床専門リンクなどへのアクセスもスムーズになる。
One-To-Oneのアプローチによって、医療という非常に専門性の高い領域におけるコンテンツ利用に便宜性を、画期的に高めることができたのである。
自由競争による「街」を提供
ここでもう一つ興味深いのは、同社が追求するOne-To-Oneの姿が、いわゆるマーケティング分野のそれとは少し違った方向性を見せている点だ。
One-T-o-Oneマーケティングを指向する多くの企業にとって、究極の目的はロイヤル顧客の確保にあるといって過言ではない。これに対して、My Mediproは特定の利用者の「囲い込み」をねらっていない。鈴木医師はその展開について、次のようなビジョンを語っている。「My Mediproは、さまざまな製薬会社や出版社などのIPに対して、自由競争による「街」を提供することによって、より価値の高い情報の流通を活性化させるという発想に基づいています。そこでの利便性を高めるファシリティを整備する上で、One-To-Oneが効果的であると考えました」
医療情報の提供に際しては、患者の病態を診断し、治療の方法を決め、病態にフィットした適切な処置を選択し、その後の経過を見守る、といった治療プロセスを汲み取ることが重要となる。また、医師をはじめ、薬剤師や看護婦にも、それぞれの職務に応じた情報ニーズがあり、これら医療スタッフの役割を知った上で、最も適切な情報を伝えることが、My Mediproのような専門サイトにおける本質的な役割となるのだ。どこか特定の製薬会社や出版社のビジネス戦略を代弁するというスタンスでは、決してこの理想型を追求することはできないだろう。
確かに、医療といえども経済活動から切り離して考えることはできないが、単なるプロモーションにとどまっていてはダメなのだ。だからこそ、My Mediproは直接的な営利活動とは一線を画し、利用者とIPの間の中立的な立場にサイトを位置付けた上で、情報流通をコーディネイトしているわけである。
別な側面では、利用者(顧客)のニーズの捉え方にも大きな違いがある。マーケティング分野のOne-To-Oneにおいては、まず何より漠然とした顧客のニーズをどうやって把握するのか。そのこと自体が大きなテーマであった。そのために、徹底したマーケティング分析を行い、ビジネスモデルを構築し、顧客をセグメンテーションするためのプロファイルを収集するといったアプローチが不可欠だったわけだ。
ところが、My Mediproが対象とする医療情報の場合、ニーズ性そのものは最初からはっきりしており、「利用者が何を専門分野としているか」という切り口によって、それは自ずと絞り込まれてくるという。したがって、利用者の個人的な嗜好に立ち入るようなプロファイルや、複雑なマッチングルールはそれほど必要としないようだ。
だからといって、こうした情報提供サイトの構築が容易であるというわけではない。むしろ、それゆえに表面から隠れていた、One-To-Oneの本質的なポイントが浮き彫りになってくるのだ。
それは、情報提供のプロセスそのものにおいてである。「最も重要なのは、利用者が必要とする情報にスムーズに到達できることです。しかし、結果的に同じ情報への橋渡しをするにしても、たとえば利用者の要求をあらかじめヒアリングしておき、それに該当する情報をサイト側からプッシュ式に提示するのと、利用者が本当にその情報を必要とした時点ではじめて提示するのでは、受け止め方にも微妙な差が表れてきます。また、医療のように時として生命に関わる分野の場合、単に利用者が関心を持っているとか、持っていないといった判断だけではなく、それぞれの専門における重要な情報を、できる限りみてもらわなければならないという、ある種の責務も生じます。どのような場面で、どういった形で情報の提示を行うのがベストなのか、こればかりはやってみないとわかりません。実際に、ウェブページのデザイン一つをとっても何度も見直しを行ってきました。その甲斐あってか、スタート直後よりMy Mediproの入会者が殺到しています。説明会に参加した製薬会社も六〇社を超え、「My Medipro」が、インターネットの利用者と情報提供側の双方に受け入れられるシステムであることを実感しました。」と、鈴木医師はいう。
個々の利用者の感性というべきか、非常にメンタルな部分に訴求し得る情報提供への創意工夫が求められているのかも知れない。そういう意味で、My Mediproの取り組みに終わりはない。絶え間泣きプロセスの検証と、モデルへのフィードバックを繰り返す中に、目指すべきOne-To-Oneの姿が見えてくる。