My Medipro

プラスαのインターネット活用術47

Medical Tribune 2001年1月18日 28ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

インターネットが医療の現場を変えた「具体例」

今回は、「インターネットが医療現場を本当に変革できるのか」というテーマについての具体的な事例を、私の体験談の1つを例として解説してみます。

最初は認知されなかった検査法

私は糖尿病を専門とする医師です。約10年前に日本の小児糖尿病キャンプに参加し、子供たちと一緒に寝泊まりをしました。ある夜、1型糖尿病の子供たちから、こう告白されました。

「血糖値測定のための、指尖に針を指し血液を採取する指尖採血は、インスリンの針の100倍痛いんです。でも、それを主治医に言うと、血糖自己測定を行いたくない言い訳だと思われるので、本音をいう事ができないのが辛いんです。この苦痛は今後も我慢しながら続けなくてはいけないんですか?」

その話を聞いた私は、はっとしました。それまで私は、糖尿病患者の本音を聞く事ができなかったのではないか、と感じたわけです。指尖から採血する血糖測定を「痛くないはずだから続けなさい」と外来で指導する医師の言葉は患者には辛い苦痛の日々を強いていたことに気がついたのです。

そこで、糖尿病の子供たちの声を広く世界に知らせるために、指尖以外で採血をする血糖測定法が実現可能であるという仮説を立てました。きっかけとなったのは、日本糖尿病学会の学術集会展示場で5μLで測定できる血糖測定器(GlutestE,Glucocardの2製品名で発売中)を見た時のことです。そこで、5μLで測定できる装置があれば、指尖以外の部位から採血した少量の血液でも血糖測定が可能かも知れないと思い、実験を開始しました。そして、腹壁や上腕から、ほとんど無痛で採血ができることを発見したわけです。

1992年に雑誌Lancetに、その成果を投稿し、幸運にもそれが掲載されました。(Suzuki Y,et al.Painless blood sampling for self blood glucose measurement.Lancet 339:816-817,1992)しかし、残念ながら、それは当時の日本社会には受け入れられませんでした。

なぜ、患者の苦痛を救う事が医療現場で受け入れられないのだろうか、と私は真剣に悩みました。そのため、社会に強くアピールしようと、たくさんの医学専門雑誌に論文発表を試みました(新薬と臨床、無痛性血糖測定を可能にする新システム、第1〜9報、1991−1992;Diabetes Care21:1373-1374,1998;糖尿病35:569−571、1992)。さらに、インスリンの針穴を利用し、注射後の針穴から皮膚を吸引すれば、血液が吸い上げられ皮膚表面に出てきます。その血液を利用し血糖測定が可能になるという新方式も発表しました。(糖尿病36:951−953,1993)しかし、これだけ多くの論文を発表したにもかかわらず、医療の現場では、指尖外採血法という概念が受け入れられることはありませんでした。また、大阪のニプロは、指尖外の皮膚で採血でき、かつ血液を吸引する事ができる採血用具、マイクロレットチョイスを作製してくれました。(http://www.so-net.ne.jp/vivre/soshin/bml/choice.htm)幸運にも、マイクロレットチョイスは米国のバイエル社が販売権を獲得し、発売を始めてくれました。しかし残念ながら、あくまで補助具の一つであって、主力商品は指尖からの採血である、という戦略だったようです。

チャットや掲示板が血糖測定器メーカーを動かした

ところが、その後、思いもかけない動きが起こったのです。1997年ころから米国ではインターネットが急激に普及しました。そして、米国の糖尿病患者たちが、インターネットの掲示板やチャットにおいて、指尖外採血の体験について情報交換を始め、指尖外採血はほぼ無痛に近いこと、血糖値も臨床的に問題の起こるような差がないことが患者へ伝わるようになりました。この情報をインターネットで得た多くの糖尿病患者は、自分で体験し、その体験をインターネットでさらに他の患者に教えます。つまり、インターネットの世界における口コミが自然発生的に起こり、その情報が急激な速度で広がっていったそうです。その結果、マイクロレットチョイスの発売から1年も経たないうちに、指尖外採血はほぼ無痛で治療上役立つ方法であることが米国の糖尿病患者の間では、知る人ぞ知る、という情報になったという話を聞きました。

当時は、私もバイエル社もニプロも、インターネットの力を理解していない時期でした。ですから、チャットで患者同士が情報を広めあっている事が、その後どのような社会的な影響を及ぼすのかを予測できませんでした。

各社が競合して簡易血糖測定器を開発

しかし、その後、驚くべき潮流が起きたのです。このインターネット上での患者の声を知った血糖測定器メーカーの担当者たちは、これを大きなビジネスチャンスとして捉えたのです。そこで、一斉に指尖外採血で測定できる簡易血糖測定器の開発が始まりました。そして、1999年にはAt Lastという指尖外採血を主とした簡易血糖測定器が初めて発売されました。さらに、2000年の米国糖尿病学会や国際糖尿病学会では指尖外採血をうたった簡易血糖測定器を各社が競うようにして発表したのです。 Fast Take,Free Styleといった、指尖外採血を進めるパンフレットや広告が旧来型機種の広告を圧倒するようになっていました。世界の標準が、一気に指尖採血法から指尖外採血法へとシフトし始めたのです。

患者の声が新しい治療を決める

このエピソードが示すことは、「最初に新しい検査法が可能であることを医師が発表しても、また、その後、それが製品化され大手メーカーが発売しても、その概念や方法は広まらなかった。しかし、インターネットの出現によって、患者同士がチャットという口コミ手段で、その概念を急激に世界中に拡大させた結果、現場での検査法が変わった」ということです。

つまり医師もメーカーも、できなかった事が、実は患者がインターネットという手段を活用することによって、新しい治療法として実用化が進められ、世界中に認知され広がっていったのです。これは、インターネットによって、治療法や検査法が良いか悪いかを患者が判断し、それを社会に公表するための機会を患者側に与えた結果、と言えましょう。このように、最近になって、インターネットが様々な形で医療現場に影響を及ぼしうる証拠や具体例が徐々に表面化してきています。

2000年12月10日の「サンデープロジェクト」(テレビ朝日)というTV番組で、癌治療に対する新薬の承認が遅いという問題がテーマとされ話題となりました。あまりにも問い合わせが殺到したことから、テレビ朝日が医師と相談し、12月17日の番組の中で解決策として提示したのが、インターネットのホームページ、万有製薬の『メルクマニュアル』(http://banyu.co.jp/)だったのです。

このように、地上波TVというマスメディアでさえも、日本の医療を変えるために、インターネットを利用することを患者向けに情報発信するようになりました。『メルクマニュアル』へのアクセスは、おそらく、かなりの数に達したのではないでしょうか。このようなケースも、インターネットが医療に大きく影響を及ぼしうることの具体例の1つと言えるのではないでしょうか。

インターネットにおける情報発信を真剣に考えるべき時代に

今後は製薬企業も、医療機関も、行政側も、インターネットの力を認識し、うかつな情報発信をしないように注意しなくてはいけない時代になるでしょう。また、インターネットの世界に製品情報を取り入れていない企業は情報発信を怠っていると、社会にみなされるかも知れません。例えば、薬剤の改訂情報も、医療関係者に、あるいは患者に、必要な医薬品情報としてインターネット上で公開しないと、正式な公開をしていることにはならない、という時代になるかも知れません。そうした時代の到来に備えて、インターネットにおける医師や患者に対する情報発信やカスタマーサポートに今後、どう対応していくかを真剣に考え始めている企業が増えてきています。また、その潮流は、製薬企業だけでなく、医療機器メーカーや検査会社、あるいは医書出版社にも、認められ始めています。

それだけ、インターネットは、医療業界に対し、大きな影響力を及ぼし、変革を訴え、治療法を変え、もしかしたら行政をも動かしうるような大きな情報媒体に成長してきているのだと思います。

-My Medipro

© 2024 MedicalProfession公開情報記事サイト Powered by AFFINGER5