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連載 ―第7回― パソコンを用いた高血圧の診療と研究

連載 ―第7回― パソコンを用いた高血圧の診療と研究

診療のシステム化

―診療支援から健康診断システムまで―

血圧 Vol 8 No.10 2001 87-90ページ ©️鈴木吉彦  医学博士

はじめに

 米調査機関ピュー研究センターが2000年11月26日、発表した内容によると、米国内の18歳以上の約12,000人を対象に、インターネットの利用実態を調べた結果、インターネット利用者の55%(米国全体では約5,200万人相当)が医療情報を調べるのに使ったことがあると回答したという。オンラインショッピング(47%)、株価チェック(44%)スポーツ結果の閲覧(36%)など他の利用目的にくらべても、医療情報を患者が求めているニーズのほうが多い、さらに、医療情報を閲覧した人の41%は、医師にかかるかどうかや治療法の選択に役立てたと答えており、インターネットの情報が患者の行動に影響を及ぼしていることも明らかになった。わが国でも、米国でも、医療とインターネットとは切り離せない関係になろうとしている。

情報が氾濫する時代における医療のあり方

 インターネットによって情報が氾濫する時代になると、患者からの医療指導側に対する要求も多様化する。多様化した要求に応えるべく、医師が患者に対する「教育」についてもさまざまな方法論が模索されるべき時代になる。医師も、教育の手段となる「多様化した道具」をもっておかなくてはならない。とくに、高血圧、糖尿病、高脂血症のような慢性疾患の指導では、持続的に患者が治療のモチベーションをもちつづける情報伝達手段を、医師はIT技術を中心として、自分の仕事の一部として、もっておくことは重要なことである。  患者が治療に対し不安を抱き中断したくなったとき、治療の厳しさに耐えかね放棄したくなったとき、現在の治療に疑問を抱き、新しい治療を試みたくなったときなどには、新しい治療の指針となる正しい情報を、いつでも患者に与える手段を担当医がもっていることは、今後の医師のあり方として必要な条件である。ITは、医師が今後、治療をおこなっていくための必要な要素技術となっていくだろう。

従来の媒体の特徴は、「一方向性」

 これまでの患者教育の媒体としては、映画やビデオ、CD-ROM、書籍や雑誌、パンフレットなど、多くの媒体があった。しかし、いずれもが「一方向性」の伝達性をもつ情報媒体であり、医師から患者はのメッセージの伝達が主たる目的であった。しかしそれでは、患者からの生の声を反映した医療という点においては制限があったといえよう。患者からの声を聞くには、外来診療の場か、あるいは入院中という物理的制約のある機会のみであった。それ以外の時間帯や空間において、患者から医師へのメッセージの伝達という行為は、これまでの診療支援や健康診断システムのなかには、重要視されていなかった。

統一通信プロトコールの出現

 インターネットとは、個人が保有しているコンピュータ同士を、統一プロトコールで連結することで、情報を一括管理し、一括配信できる機会を提供する仕組みのことである。それは、複数の人の情報や、データベースなどの情報を結びつけるためネットワークとよばれ、それが、蜘蛛の巣のように張り巡らされた状態になることから、Webとよばれる状態を構築する。

 5年前、インターネットが社会に登場したころには、今のように大きな影響力をもつと思った人は少なかったが、現在では、社会全体がインターネットを中心としたIT技術を基軸として回転をはじめようとしている。その結果、情報の送受信のシステム化は、急激な速度で進歩し、すでにインターネットは先進国のあいだでは世界中に拡大し、「現実社会」のなかに溶け込んでいる。興味深いことに、インターネットをバーチャルとよぶ機会が減ったような気がする。バーチャルとは「仮想」という意味だが、現実には、インターネットは生活のなかに溶け込み、「仮想」というより「現実(リアル)」生活の道具の一部となっている。

 こうした時代において、診療の現場においても、インターネット技術を応用し、遠隔医療に応用したり、あるいは、診療支援や健康診断システムの支援に応用しようとするようになったのは、当然の流れといえよう。

診療支援

 インターネットが診療に対して寄与する最大の特徴は、「双方向性」である点と、「民主的」なシステムを構築できる点にある。たとえば、インターネットがを利用することで、患者に声を反映した医療的な判断を下せることが可能になる。

 昔は、「白い巨塔」という映画であったように、医療業界には、地位が高い医師がこういったからよい治療だとか、大手のメーカーや頻繁に訪問してくれるMRが宣伝しているからよい治療だとかいう社会構造が、業界の常識をつくっていた。しかし、インターネットの出現によって、患者側が、よい治療であるか、悪い治療であるかを判断し、インターネットを使って情報交換をおこない、医師もメーカーも不在のネット空間で、その治療あるいは製品に対する評価を下すことが可能になる。つまり、新しい治療法の評価は、医師でもメーカーでもなく、患者が決める時代になってきた。

 これによって医療業界には、これまで誰も経験したことがなかった、大きな変革が起こる。たとえば、家庭用の血圧計においても、インターネット上で患者によい医療機器であるという評価をもらえば、その治療法は高く評価され、あるいは医療機器はひとりでに売れるようになる。医師も、そうした患者の声を聞き、それを自分の診療の参考資料として応用することが可能になる。それが自然に診療を支援するシステムにつながっていく。  逆に使いづらい血圧計である、患者に苦痛を与える装置である、という評価を受けると、いくらメーカーが莫大な広告費を費やして宣伝したとしても受け入れられないし、製品も売れない。その意味では、インターネットは、患者側の声に主体性をおいた医療を実践できることになり、それが診療を支援し、医学の進歩に役立つだろう。血圧計を販売する企業も、インターネットを利用して、患者に対する継続的なサービスを提供しようと考えている企業もある。(図1)。

診療支援か?診療妨害か?

 インターネットをつうじて患者の多くの知識を与えることができることはすばらしいことだが、治療法の選択権あるいは薬品の処方権についても、患者側の発言権が強まる世界になることは、本当に、よいことなのだろうか。たとえば、患者が高血圧に対する知識をホームページから習得し、そこで生まれた疑問を、主治医に外来時に質問することは、医師にとっては診療支援になるだろうか。これは、ケースバイケースだといえるだろう。患者が判断できないようなケースの場合は、曖昧な情報は逆に患者を混乱させることになりかねない。製薬企業が過剰な期待をもたせる情報をインターネット上で発信することで、患者がそれを信じ、誤った治療に走らないともかぎらない。また、最近、わが国において医療訴訟が増えた現象もインターネット上に医師の実名をあげて、医療ミスを告訴する患者が増えたためではないか、と分析する医師もいる。つまりインターネットによって、患者が暴走してしまう事態も起こりかねないのである。

 高血圧の治療においても、降圧剤による副作用が起こった場合、それを医師が説明していたかどうかによって、患者が医師に対して不信を抱くこともあるかもしれない。たとえば、その現象が降圧剤によるものではなくても、患者は、インターネットから得た知識と、担当主治医から得た知識を比較することになるだろう。それらの知識が、本質的に、同義である場合には、インターネットは、主治医にとっては診療の支援になる。しかし逆に、インターネット上の情報が主治医に対して反論を述べるような内容である場合には、診療の妨害になる可能性がある。

 インターネットの世界では、発信者責任が明確でないから、実際には誤った医療情報がたくさん掲載されている。宣伝もあり、なりすましもある。誇大広告もあふれている。医師にとんでもない質問をぶつける患者ばかりが増えれば、まじめに診療している医師にとってはたいへんな迷惑である。  発信者責任が明確でないネット社会においては、自分勝手な発言した人が得をして、発言され批判された人だけが損をする、という状況だけを構築するシステムができると、それは、診療支援よりは診療妨害になる。そのような傾向を、いかに防いでいくかは、今後、医療とインターネットとの関係を考えるうえでの最大の議論点となるだろう。

健診システムの援助

 インターネットの世界には、自分で健康をチェックできる、というシステムを提供しているホームページを見かけることがある。あるいは、人間ドックなどの紹介もあり、検索も可能である(図2)。

 検査会社では、自社の検査データの正常値や、検査値の意義を提供している。これによって、健診にて異常と診断された患者が、医師から説明を受ける前に、異常値の意義を知ることが可能になっている。

 さらに、一部の企業では、社員に向けて、「家庭の医学」のような一般向けの健康情報書を提供している(図3)。保険同人社の「家庭の医学」は、インターネットでは個人として契約して閲覧も可能であるが、企業が契約して、企業内のLAN環境で閲覧することも可能になっている。とくに「家庭の医学」は、書籍としては分厚く、高価な商品であるために、それを書籍として購入し、社員に毎年配布するというのは現実的には困難なことであった。しかし、インターネットの出現によって、こうしたサービスを健康管理組合が採用し、社員の健康促進のために応用する、という働きは、ますます拡大していくだろう。

海外の医学講座を自宅で受講できる「e-Learning」

 ブロードバンドとは、高速インターネットのことである。このブロードバンド時代が到来することによって、インターネットの利用法は、大きく変革するに違いない。たとえば、Medical Channelのような医療専門向けWeb Broadcastとよばれるインターネット放送局が注目されていくことになるだろう(図4:Medical Channelのホームページ。http://www.medch.tv)。ここでは、講演者とPowerPointが同期して放映されている。受信側である医師は、ここから必要な講演内容を、いつでも取り出すことが可能になる。高血圧の管理にとって必要な知識を、このホームページから、いつでも受講することが可能になる。

 従来のインターネットは、ホームページである内容を読み、内容を掘り下げていくには、クリックするという行為をくり返す必要があったが、Medical Channelのようなホームページができるとそうした行為は不要となる。単に流れてくる情報を受講するという受身の形の勉強でよい。さらに、何度も受講できるので、とくにメモをとる必要もない。習得できるまで、何度でも反復学習をすればよい。

 このシステムは、Medical Channelのように、医療関係者向けからスタートするだろうが、実際には、同じシステムを、患者教育に利用できるはずである。将来は、医療施設が、みずから同じようなシステムを構築し、医師が患者に対して講義をおこなったり、健診についてのシステムをおこなったり、インフォームド・コンセントを得るための道具としてITの利用も可能になるだろう。

 なお、Medical Channelでは、2001年8月からハーバード大学医学部の講座が受講できるシステムが開始されている。海外の有名医学大学の講座を、オンデマンドで自宅で受講できるというのは、これまで誰も考えなかったシステムである。このようなシステムが、発展することによって、診療支援のみならず、医療業界全体の診療レベルの向上につながれば、ITの本当の真価が認められるようになるのではないか、と期待している。

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