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G.糖尿病のフォローアップシステム

IT活用によるケアー体制

糖尿病診療におけるインターネットの活用・現状と将来への展望

Internet for diabetes practice

                                                      鈴木 吉彦

Key words:インターネット,voice over IP,電子・アラート(e-mail alert),

IP電話,テレビ電話

雑誌名:日本臨床 60巻 増刊号10 2002  

590ページから596ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

1.IT は,患者教育にとって、必要な要素技術

インターネットによって情報が氾檻する時代になると、息者からの医療指導側に対する要求も多様化し,増加してきます。ですから、多様化した要求に応えるべく、医師が息者に対する教育についても様々な方法論が模索されるべき時代になります。つまり、医師も,教育の手段となる‘多様化した道具‘をもっておかなくてはならないのです。

特に、糖尿病のような慢性疾患の指導では、持続的に、患者が治療のモチベーションをもち続ける情報伝達手段を、医 師は IT 技術を中心として,自分の仕事の一部として、もっておくことは重要なことです。患者が治療に対し不安を抱き中断をしたくなったとき、治療の厳しさに耐えかね放棄したくなったとき、現在の治療に疑間を抱き、新しい治療を試みたくなったときなどには,新しい治療の指針となる正しい情報を、いつでも息者に与える手段を担当医がもっていることは,今後の医師のあり方として必要な条件だし、当然、そのための手段としてのIT は必要な要素技術となっていくからです。

2.教育の効果を継続させるの は難しい

これまでの糖尿病患者教育の媒体としては、 映画やビデオ、 CD- ROM、書籍や雑誌パンフレットなど、多くのものがありました。しかし、いずれもが‘一方向性’の伝達性をもつ情報媒体でした。著者は、東京都済生会中央病院松岡健平先生の下で糖尿病息者に対する医学教育ビデオや映画、書籍などを作製する仕事を、昭和58 年頃から約 9 年間、行ってきました。

済生会中央病院では、 約 20 人の患者が2 週間おきに入院し、その期間に糖尿病の基礎知識から食事療法、運動療法の実際までを体験し、グループ学習を行います。この制度を教育入院と呼んでいます。その結果、病気に対する正しい知識と治療に対する信念をもった患者が、退院後も通院を続けることで、治療を厳格に実行できるようになります。また、惰性的になり治療を放棄しやすくなる人の心理に歯止めをかけることになります。 しかし、こうした入院は、患者にとって、やはり、人生における一時期のできごとにすぎない、という意識が時間とともに芽生えてきます。その油断に歯止めをかけるにしても、かけられず、結局は通院を拒否する患者も出てきます。通院をやめてしまった 患者に対して、医師は、通院の必要性を投げかけたくても現実には投げかけることは困難です。 そのため、無治療で放置し、合俳症が進行してから、再び来院するという患者が出てきてしまうわけです。こうした通院を中断してしまう患者に対し、通院の必要性や、必要に応じて定期的な健康チェックの必要性をフィードバックするためには、患者に対しフィードバックするためのアクセス権を医師側がもっていなくてはなりません。更に、そのフィードバックは、だらだらと情報を流しているのではなく、糖尿病の管理上で通院が必要と判断される時期に、来院して検査を受けてください、と促す形でのアラート型あるいはオンデマンド型のフィードバックが必要になります。糖尿病を専門として開業されている医師の中には、このような通院中断をするかもしれない患者に対する予防的ケアとして、ファックスなどを利用している医師もおります。インターネットが出現する以前の状況であれば、ファックスか、あるいは直接電話をかけて、通院を促すようにする、くらいしか、医師側には手段がありませんでした。また、手紙で通院を促すということも理論的には考えられますが、医師側が、わざわざ、通院を促すのに手紙を書くという作業を行わなければならず、現実的なものではありません。

3. 通院を、インターネットを使って促す

ところが、インターネットが普及する時代になると、情報の伝達路は,基本的に物理的な制限がなくなり、かつ、‘双方向性'になります。自宅にいる患者がポームページや電子メールという逍具を利用し、グローバル社会から情報受信したり、発信したりすることが可能になるからです。なかでも電子メールは日常生活の一部 となり、日々、 チェックする道具となっています。

そうなると、上記のような‘通院を促すためのアラート’としての電子メールを利用するという時代がきても不息議ではありません(図1)。更に、各医療機関が、小泉首相の電子メールマガジンのようなインターネット・メールマガジンを発行し、それによって,慢性疾息の息者に対する治療のための医師からの助言を送り、通院を促すようアドバイスする、という時代がくるのかもしれません。現状では、電子メールやホームページを本当に使って、糖尿病という慢性疾患の管理をどう利用していくのか、具体的なアクションを起こしている医療機関は少ないと思いますが、今後は、ファックスや電話などに代わる新しい医療機関からの情報発倍手段としてITが利用されていく変 革の中で、一つの可能性があることだと思います。

4メールマガジンか?

電子メール・アラートか?

電子メールの利用法としては、2つの方法があることは、理解しておかなくてはなりません。

 一つは、上述した、小泉首相が発行しているタイプの、定期的な電子メールマガジンスタイルのものです。これを医療機関が行うのであれば,患者に対し届けたいメッセージを定期的に、例えば、1 カ月に1 回と決めて 、文章内容を吟味し、受け手側の患者が喜ぶスタイルにして届ける必要があるものです。内容については、病院であれば、その広報担当者が必ずチェックをし、その責任者が確認し、その責任者の管理責任を明確にした内容で(fromの宛先を明記), 送信をしなくてはなりません。

なお、その場合、通常、電子メールには患者の氏名などは記載しておかないほうが好ましいと思われます。なぜならば、もし電子メールマガジンの冒頭に、’XXX‘ 様という患者の固有名詞が記載されている場合、そのメールが、プロバイダーのメールサーバを経由して送られるわけですから、中間にいるメールを取り次ぐ仲介者の誰かの目に触れるかもしれません。もし、その電子メールが、ある施設からの発信で、かつ、内容が、合併症が進行していますからインスリン注射が必要です、というような話を含んだ内容で、その冒頭に患者の固有名詞があり、そのメールの内容を第3 者が目にしたとしたら、その患者が糖尿病をもっていることが他人に知られてしまうということにもなりかねません。

あるいは、電子メールマガジンの発信ミスによって、メールが本人ではなく、第3 者に届いてしまうこともあり得ます。更には、電子メール発信中、メールサーバにトラブルが起こったり、あるいは、そのサーバがウイルスに感染していたがために、そこに登録している患者の電子メールアドレスのような個人情報が、メールの内容に添付され、全員に配信されることも、あり得ないことではありません。そうなれば、ある施設に登録している糖尿病息者全員の個人情報が、一気に公開されてしまう、という、とんでもない事態を引き起こす可能性もありあります。ですから、電子メールの一斉配信というのは、医療施設のような個人情報を管理しなくてはいけない施設からの発信の場合には、極めてリスクの高いことであると認識しておく必要があります。

もう一つの電子メールシステムは、電子メール・アラー ト(E-mail alert) と呼ばれるタイプの電子メールです。これは、患者が自分で次の外来受診を決めておいて、その前後に、通院を忘れないようにと、警告のための電子メールを送るようにするシステムです。携帯電話などに、会議などの時間を忘れないように入れておいて、その時間の前後になったら、携帯電話が鳴るようにする、というものと同じような仕組みです。しかし、インターネットの方が、様々な条件を加えたうえで、アラートメールを医療施設から流すことができるという分、便利です。診察の際から患者の納得のうえで登録を行っておれば、例えば、通院の前だけでなく、通院を忘れてしまったら1カ月後にも電 子メールでアラー トを流す、というような2つの条件設定をしておくことができるでしょう。自動的にコンピュータからメールが発桐され、通院の中断をより防ぎやすくなるかもしれません。

なお、この場合、上記のような電子メールマガジンとは異なり、一斉配信ではないので、配信によって起こるミスというのは最小限に食い止められる可能性が高く、その意味では医療側としても安心して医療できるものです。しかし、 残念ながら、インターネットの世界には、ハッカーという他人の管理しているサーバに勝手に入りこんで、個人情報を盗んだり、ウイルスをしかけたりする悪人がおります。ですから、もし、そうしたハッカーに狙われサーバに進入されてしまったら、どんなプロテクトをかけていても、患者の個人情報が盗難にあってしまう可能性はあります。

5. Voice over IPが普及した時代の医療

 糖尿病は,患者がしっかりと通院をしてくれている間であれば、医師や看護師や栄養士がチームワークを組んで外来での指導を熱心に行えば、治療に成功する確率が高い疾患だといえます。最近では、厳格な食事療法だけに依存しなくても、多種多彩な薬物療法が普及してきたことにより、通院によって薬物療法を受けることの意義が相対的に昔よりも高まってきています。ですから、通院をしっかりと確保しておくことは、治療成功のための大事な要素であります。もし、そのための手段が、上記のような電子メールのような配信・受儒という形の、通院を促すタイプのものではなく、‘テレビ電話’や‘インターネット電話’という新しい形の、リアルタイム式のやりとり、つまり、‘テレビ電話 外来’という概念にまで発展するとしたら、これは通院という概念そのものを変えていく革命的な変化が起こるのではないか、と予測されます(図2)。

 日本では、これまでにも、ISDNを利用した、業務向け、あるいは個人利用向けのテレビ電話がありましたが、送信側と受信側の双方が同じシステムを保有していなくてはならず、装置が高価であったため、特に個人向けシステムはさほど普及はしませんでした。 しかし、高速インターネットの出現によって、パソコンと、小さなカメラさえあれば、誰もが、テレビ電話の利便性を享受できるようになると予測されます。例えば、 現在普及しているADSL やケーブルテレビのブロードバンドでは 、 1.5 メガbps や 8 メガbps くらいまでの速度しかでませんが、それも、パソコン画面なのど小型画面などでテレビ電話が実現可能です。近い将来、10メガbps以上、 例えば100 メガbps などの高速インターネットを誰もが手にすれば、テレビのような大画面を利用したテレビ電話システムも可能になってきます。昔、手塚虫氏の漫画に、'鉄腕アトム'がテレビのような端末をオンすると、'お茶の水博士'が画面いっぱいに顔を出していましたが、あのようなSFの話であったテレビ電話が、普通の家庭の電化製品になっていくのだろうと予測されます。

 また、最近ではハンドレスの集音性の高いマイクロフォンなどが発売されています。それを利用すると、複数の人たちが一度に会話に参加することも可能になります。つまり、テレビ電 話を複数で利用することができればテレビ会議 システムとなります。インターネットを利朋していますから、PowerPointなどの資料を電子メールに添付して一斉送信すれば、利用者の手元に同じ資料が届きます。それで医師と患者とが同じ資料を見ながら医療相談を行うことが可能です。

 こうしたシステム構築に必要なのは、相手先のIP (internet protocol)アドレスだけで、IPアドレスを利用した通常電話(IP―電話) 、テレビ電話やテレビ会議システムの構築は、インターネットの世界では、voice over IP (VolP)、という広い概念で表現されます。なおVoIPには、 一般電話同士でインターネット経由で会話できるもののほか、PC同士で音声会話ができる'PC to PC'、‘パソコンから一般加入電話にかける'PC to phone'などの3つのタイプがあります。 最近、普及してきた米国まで一律、xx円というようなサービスには、この IP ―電話を利用したものが多く、 2001年は国際電話の約 6 %が IP ―電話を利用するようになったとのことですが、今後も、更に拡大していくことでしょう。

そして、このシステムが実現すると、料金は月額定額制が普通になりますから、'PC to PC' の場合には、電話は無料という感覚で利用できるようになります。これまでの社会では電話が基本で、ダイヤルアップ接続の場合には、電話網を利用しインターネットをオプションで使っているという感覚でした。 これに対し、VoIPが広がる社会では、インターネットが基本で電話をオプションで使っている感覚の世界になってくるのです。

 無料電話が当然になれば、コミュニケーションのあり方も、随分、変わってきます。電話料が気にならなくなりますから、長距離電話や長時間電話が当然になります。人と人が、わざわざ遠い距離を移動して、実際に会って話をしなくても、テレビ電話を使って会おうという社会になると思います。そうなれば、九州に住んでいる患者が、北海道のCSIIの専門医から助言をもらいたいというような場合でも、アメリカに住んでいる糖尿病合併妊娠をもつ患者が、東京の妊娠を専門とする糖尿病の医師に相談したいという場合でも、医師は患者に簡単に助言を与えることが可能になるはずです。つまり、医師の専門性は、病院や地域といった物理的空間に拘束されることなく、広く多くの患者に対して提供されることが可能になるはずです。

 また、もしこの VoIP に対して、保険適用診療が認可される時代になれば、病院での待ち時間を気にせず、自宅にいながらにして、主治医からのテレビ電話が入ってくるのを待っていればよい、という時代になるかもしれません。ただし、

そのとき、診察券に相当するものとして、 生体認証やICカードなどの本人確認用の道具が必要になるでしょう.そのような道具を使って医師は患者が本人であることを確認し、かつ、第 3 者に会話が盗聴されることがないことが確保されているのであれば、安心して、患者の悩みを聞き、適切な指導を与えることが可能になることでしょう。

 更に、息者の会、という概念も大きく変化すると思います。特に。l型糖尿病のサマーキャンプという機会は、1 型糖尿病の患者が 1カ所に集合して生活することに対して、多くの精神的、および技術的支援になるというメリットがあります。しかし、休みを利用した一時期だけの集合の機会なので、帰宅し普段の生活に戻ってしまうと、その効果を持続させることは難しかったといえましょう。ところが 、 IT を使った患者の会という概念が広まれば、患者に対する猜神的な支援は、 時間を問わず、1 年中、どこからでも、誰からでも、受けたり、与えたりすることが可能になります。現状でみられる典型的な例は、ホームページ上での掲示板を利用するという方法ですが、今後は、上記のようなVoIPが普及すれば、 それが、テレビ会議システムに切り替わってくるのではないか、と予想されます(図3)

6.IT の普及による糖尿病人口増加が心配

本稿では、ITを糖尿病の診療に、将来、どう活用していくか、という観点から、電子メールや VoIP の話題に絞って解説をしました。しかし、 実は、社会全体がITを利用したネットワーク社会に移行していくと、最大の間題は、人が移動することをやめ、家庭の中だけでショッピングをしたり、テレビ会議をして、行動を家庭空間内に集中させてしまう生活になる点ではないか、と思います。多くの人たちは、外出することをやめてしまうのではないか、と心配されます。また、 家族や友人とIP電話で話しをして1 日中過ごしても、いくら長電話をしても、いくら長距離電話をしても、料金が無料ということになると、電話やパソコンのそばから全く離れずに暮らす人たちが増えてくることだろうと思います。そうなると、社会全体が運動不足となり、それが糖尿病人口の贈加に拍車をかけるかもしれません。すなわち、上記で示した糖尿病臨床におけるITの活用とは逆説的に、ITの普及によって運動不足や精神的ストレスなどがより拡大し、その結果として、糖尿病人口が増えていく可能性もあり、こうした矛盾は、今のうちらか予測し、社会全体として予防的な対策を立てておく必要があるのではないか、と考えられます。

■文 献

  1. 鈴木吉彦:パソコンを用いた高血圧の診療と研究。診療のシステム化―診   療支援から健康診断システムまで。血圧 8: 1097-1100, 2001.

2)鈴木吉彦:IT 革命と病院。医療消費者への医療情報の提供(一般/特集).病院(0385- 2377) 60 (1): 29-34, 2001.

3) 鈴木吉彦: インターネットを医療関係者の、みんなのために。新医療 27(7): 100-103.2000.

雑誌名:日本臨床 60巻 増刊号10 2002  

590ページから596ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

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