Medical Tribune 2004年1月22日 44ぺージ ©︎鈴木吉彦 医学博士
インターネットによる著作権侵害
資本主義の根幹を揺るがす問題に
書籍は売れない、内容低下の悪循環に
インターネットの勢いは出版業界や映像配信業界に脅威を与える存在になってきたようです。常時接続・高速インターネットが主流になってきた昨年から、その傾向は加速度を増してきました。料金を気にせず情報を入手でき、情報量は書籍1冊分でも数分で入手できるのですから、書籍に行って書籍を購入しようとする消費者のモチベーションが低下してくるのは当然のことでしょう。
出版業界の元気がなくなると、著作しようとする医師たちの意欲も低下します。知識を世の中に普及させようと思う医師たちの出版の機会も減ってしまいます。出版社は、売れないと思われる本を企画しないようになります。
限られた書店の医学健康コーナーのスペースに、何冊もの書籍をおくことは難しいので、書店側も売れ行きが悪い書籍はすぐ返品するようになってきました。すると、奥深い内容を盛り込んでいる書籍は返品される確率が高く、逆に奇抜で中身は薄いが読者が手に取りやすい書籍のほうが書店に残されやすくなります。そうなると、出版社としては、あえて深い知識を書籍に盛り込まないようになります。医師が執筆すると内容が難しくなるので、執筆ゴーストライターに依頼するようになります。ゴーストライターは医療の素人である場合が多いので、書店にある他の書籍を参考にしたり、健康関連のホームページの記事内容をコピーして使うことが多くなります。すると、似たような内容の書籍ばかりが出版されます。それによって書籍の人気はさらに低下し、販売部数も減るという悪循環に陥るわけです。
以前は、医療関係出版社は経営的に安定した業種だとされていました。一時期、その存在価値を脅かしたのは、コピー機の出現した時期だと言われます。医療関係書籍は値段が高いので、書籍を購入せずに1冊丸ごとコピーしたからです。そこで業界の数社が淘汰されたと聞いています。ところが最近、医療関係出版社の脅威は、コピー機ではなく、パソコンの「コピー&ペースト機能」やPDF
ファイルをメールに貼り付けて配布する機能などになってきたようです。医療専門情報がコピー&ペーストされて配布されることに対して、医療関係出版はどう対応していくのか、頭が痛いという話を耳にします。
インターネットは内容拡充、アクセス増の好循環に
これに対し、インターネットでは返品される心配もなく、制作費も安く、ページ数を心配する必要もないので内容の深い情報を提供できます。奥深い情報を提供すれば人気が出て、それによってホームページへのアクセスが増えることになります。アクセスが増えれば、執筆者の意欲が増し内容を拡充することができ、かつ読者の満足度が高まり、よい循環に入っていくわけです。
こうしたメリットを活用すべく、最近では開業したばかりの医師が、周囲に知名度を高めたいということからインターネットでも情報を発信しています。医師の医業規制・広告規制の緩和が進まないことに、やきもきしている若手の開業医は多いはずです。そうした医師が積極的にインターネットを活用すれば、一般書籍の数冊分の情報は、たやすく発信できることでしょう。ホームページのビジターが、そのまま外来患者になってもらえる確率も高いわけですから、医師の情報発信は無駄ではありません。そうした意図を持つ医師たちが出版社側にはなおさら不利な状況が加速されます。
ただし最近、個人制作のホームページで著作権の侵害が横行しているも事実です。自分のホームページでCDからコピーした音楽を流す例が増えていたり、他のホームページに記載している内容をそっくりそのままコピーしたり、画像などを無断で取り込んで使っている場合も少なくないようです。営利目的でない場合でも、「著作物を無断で使うと、個人が開設したホームページの場合で、3年以下の懲役か300万円以下の罰金が科せられる。実際に著作権が被害者の補填を求める民事裁判に発展する例も多数出ている」と報じられています(日本経済新聞2003年12月20日号より)。
インターネット側の著作権が脅かされる
注意しなくてはいけないのは、著作権問題について不思議な「逆転現象」が起こっていることです。従来は、書籍に記載してある内容をインターネットに記載するという行為が書籍の著作権を脅かすのではないかと心配されました。ところが、最近ではインターネットに記載している内容のほうが斬新で奥深いので、「書籍や新聞などに引用したい」という記者たちのニーズが高まっているのです。ですから、驚いたことにインターネット側のほうが著作権を脅かされるようになってきたのです。
書籍にある内容でも、ホームページ上にある内容でも、それをある人がコピーして、あるホームページに載せ、そのホームページの内容をさらにだれかがコピーしてしまったら、そしてそれが何度も繰り返されたら、どの作品が本当のオリジナルなのかがわからなくなってしまいます。さらに本物の執筆者が自分の著作であるということの証明すらも、難しくなることがあるかもしれません。
映像情報の著作権侵害も
活字業界だけでなく映像配信業界においても、インターネットは脅威となっていくことでしょう。問題になっているのはP2Pという仕組みを利用した動画共有ソフトの存在です。P2Pとは、Port to portの意味で、利用者同士の各パソコンをPortと考え、パソコン同士をつなぎ合わせることで、各パソコンに格納されている映像や音楽情報などを、利用者同士が共有することができます。これを利用すると、莫大な数の利用者のパソコンに格納されている映像や音楽情報が検索・表示され、それを共有財産と考えますから、交換したり、もらい受けることができます。そのためのファイル交換ソフトは、インターネット上で無料配布されており、だれもが入手できます。
そうなると、個人のパソコンに格納している映像情報を、だれにでも配布することができるわけです。そのため、映画館で盗撮した新作映画の映像を配布するケースも出てきました。映画会社はそれを仰止するため、映画館へのデジタルビデオカメラの持ち込みチェックをするようになりました。なかでも問題となっているのがWinny2というソフトです。配信元特定ができないよう著名性を高めているので、違法者を突き止めにくい仕組みになっています。
例えば、医師の講演をだれかがビデオカメラで撮影していたとします。それをデジタル交換し、P2Pで利用できるようにしたとします。すると、その映像情報はだれもが共有できるのです。講演会に聞きにきていない人が、いつでも、どこからでも見聞きすることができるようになってしまいます。講演会の映像だけでなく、学会発表や、医療に関するテレビ番組などもP2Pで利用されれば、だれもが見られるようになるわけです。その行為は映像著作権侵害で犯罪行為なのですが、加担者が何百人もいるため、取り締まることは不可能に近く、放置せざるをえないということになりかねません。
ですから、今後は、医療関係の講演会、学会などにおいては、デジタルビデオの持ち込みは禁止される可能性があります。医療関係者向けの動画配信やビデオ貸し出し、あるいは販売をしているビジネスやサービスは、ピンチに立たせられることでしょう。私が米国糖尿病学会に参加したときには、デジタルカメラを出すだけで監視員が飛んできて、注意を受けたことが頻繁にありました。今後は、そのような傾向がさらに厳しくなることでしょう。
テレビの地上デジタル放送が始まり、ハードディスク録画の習慣が一般に拡大するにつれて、映像のデジタル化はだれもができるようになり、違法行為を違法と知らずに行為に及んでしまう人も増えていくかもしれません。
インターネット犯罪を取り締まる技術革新は生まれるか
このように、インターネットの常時接続化と高速化によって著作権における加害者と被害者との立場が逆転したり、書籍内容の質低下が起こったり、映像配信において著作権が侵害されたりとさまざまな問題が現れるようになりました。この傾向は今年さらに強まり、資本主義の根幹を揺るがすものになりかねません。
自由主義、資本主義の象徴である米国から誕生したインターネットが、資本主義を追い詰めるような社会に構造改革を起こし、それを加速させていくことは、深刻な「社会哲学的な問題」になりそうです。著作権が守られない社会の文化活動は停滞してしまう恐れがあります。だれもが情報を発信できるインターネット社会においては、今後この問題は、医療分野においても注目しておかなくてはいけないと考えられます。
今年は、このような問題を抑制するような技術革新が生まれてくるのか、注目しておかなくてはならないでしょう(注)。
もしかしたら、インターネットなどの最先端技術の価値をあえて否定する(インターネットを使えないのではなく、その価値を評価しながらも、あえて逆の動きをする)、例えばインターネットではできない仕事や「手づくりサービス」のほうに注力する人のほうが、かえって成功しやすいという社会構造が生まれるかもしれません。コンピュータグラフィック技術がはんらんし始めた時代に、昔懐かしい、『ひょっこりひょうたん島』や『サンダーバード』の人形劇がテレビで人気を復活させているのも、そうした社会現象の一面を反映しているのかもしれません。
(注)最近、ファイル交換システムについては、Winnyを悪用していた犯人が逮捕された。警察は独自の技術を開発し、暗号解読をしてデータの発信者を特定したという(朝日新聞昨年11月28日号より)。犯罪を取り締まるこうした新技術が生まれてくれば、上記のような問題は解決される方向に進むだろうが、たくさんのファイル交換ソフトの開発者と取り締まり側との、いたちごっこになる可能性も否定できない。