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臨床とインターネットの接点⑩

Medical Tribune 2001年1月24日 34ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

Voice Over IPへの期待

テレビ電話で海外の医師と討論も

漫画やSFの世界が現実に

 これまでにも、ISDNを利用した業務向け、あるいは個人向けのテレビ電話がありましたが、こうしたシステムは送信側と受信側の双方が同じシステムを保有していなくてはならず、装置が高価であったこともあり、特に個人向けのシステムは普及しませんでした。しかし、高速インテーネットの出現によって、テレビ電話はもはや漫画やSFの世界の話では無くなりました。高速インターネットに繋がれたパソコン(PC)と、小さなカメラさえあれば、だれもがテレビ電話の利便性を享受できるようになるからです。

 現在普及しているADSLやケーブルブロードバンドでは、1.5Mbpsや8Mbpsくらいまでの速度しか出ませんが、それでもPC画面などの小型画面ならテレビ電話が実現可能です。近い将来、10Mbps以上、例えば100Mbpsなどの高速インターネットを誰もが手にすれば、テレビのような大画面を利用したテレビ電話システムも可能になってきます。

 例えば、国立小児病院ではIT版「どこでもドア」の実験に取り組んでいます(日本経済新聞1月1日号から)。病室の枕元と自宅をテレビ電話で結び、親と離れて闘病する子供たちが好きなときに親と話せる環境をつくり、子供たちの精神面での支援に大きく貢献しているようです。

 最近では、テレビ電話を利用するためのPC取り付け用小型カメラも販売されています。複数の人数で会話することも可能で、それができればテレビ会議システムとなります。インターネットを利用していますから、PowerPointなどの資料を電子メールに添付し一斉送信すれば、利用者の手もとに同じ資料が届き、会議が可能になります。必要なのは、相手先ののIPアドレスだけです。こうしたIPアドレスを利用した通常電話(IP電話)、テレビ電話やテレビ会議システムの構築は、インターネットの世界では、Voice over IP(VoIP)という概念で表現されます。

 なお、VoIPには一般電話間でインターネット経由で会話できるもののほか、PC同士ので音声会話ができる「PC to PC」,PCから一般加入電話にかける「PC to Phone」などの3つのタイプがあります。最近、普及してきた米国まで一律10円というようなサービスには、このIP電話を利用したものが多いようです。

電話がインターネットのオプションに

 もちろん、こうしたVoIPには高速常時接続のインターネット環境が必要になります。料金は月額定額制が普通になりますから、「PC to PC」の場合には、電話は無料という感覚で利用できるようになります。これまでの社会では電話が基本で、ダイヤルアップ電話網を利用しインターネットをオプションで使っているという感覚でした。これに対し、VoIPが広がる社会では、インターネット網を利用し電話オプションで使っている感覚になってくることでしょう。無料電話が当然になれば、コミュニケーションの在り方も変わってきます。電話料が気にならなくなりますから、長時間電話が当然になります。人と人が、わざわざ実際に会って話さなくても、テレビ電話を使って会おうという社会になると思います。

 医学の世界にも、大きな変革が起きてきます。例えば、医師が海外に長期留学する必要も少なくなると思います。ある特定の研究目的のために数ヶ月間留学すれば、あとは帰国して、継続的に共同実験を行うことも可能になるはずです。同じ標本やスライド学面をVoIPで繋がれたPCで見ながら、海外の医師と日本の医師とが交流し、討論することが可能になるからです。国際電話も料金を気にする必要がなくなります。世界が非常に身近なものに変わり、社会のグローバル化に大きく貢献すると思います。

 さらに、最近ではハンドレスの集音性の高いマイクロフォンが発売されています。それを利用すると、複数の医師たちが一度に会話に参加することも可能になります。日本のある医学部の教室と米国のある医学部の教室とが、2つのPCだけでVoIPを利用し、討論会を開くことも可能になってくるでしょう。

自作のストリーミング配信

 ライブの動画を、インターネットで自由に配信するシステムをストリーミング放送と言います。これをセットアップすれば、どこに定置したカメラでもホームページ上でいつでも見ることができます。最近では、無料でストリーミング放送を行えるソフトも配布されていますから、だれもが放送局をつくれる時代になったのです。

 他人には知られないようにパスワードでブロックし、閉鎖されたホームページのなかに、ストリーミング配信を見る仕組みをつくっておけば、他人に見せたくないような動画、例えば家族の様子を外出先からでも確認することが可能になります。

 医療分野では、こうしたシステムを利用すれば、例えば1人で暮らしている親の健康状態を、遠隔で家族が観察することも可能になります。手術室に何台ものカメラを設置しておけば、手術の内容をいくつもの角度からチェックでき、遠くの医師が助言することは最も簡単なシステムになることでしょう。大学の講義を遠隔的に受講することも簡単になります。大学から発する講師の問いかけに、全国に散らばる受講生がインターネットを通じて討議するようになります。

 従来は、こうしたシステム構築するには、大変な費用がかかったものです。しかし、最近では1万円以下の値段のライブカメラが販売されるようになり、身近なものになりました。安価なシステムで構築できることが分かれば、医療分野でも多くの人たちが利用するようになり、さまざまな利用法が提案されていくことでしょう。

 さらに、無料でテレビ電話を通じて話ができると言われても、興味や関心が一致した人とでないと会話が続きません。こうした問題を解決するために、同じホームページを見ている人同士だけに限定して特定のテレビ会議に参加できるというシステムが開発されていくでしょう(既にチャットシステムではこの機能を持つシステムが稼働しています)。これが実現できれば、あるホームページの内容に関心を持っている人たちだけが、その場に参加できるようになり、興味のない人は参加しません。内容の濃い議論が可能になるはずです。例えば、医学の世界では、学術集会でのポスター発表に、このシステムを利用できるはずです。世界中の医師が興味のあるポスターだけを選択し、討論の場にリアルタイムに音声で意見を述べることが可能になるでしょう。

対戦型ゲームが牽引力

 VoIPが普及するとしても、コミュニケーションの取り方には、様々な選択肢があって、相手側の都合も配慮しなくてはなりません。いくら自分がVoIPを利用し、テレビ会議をしたいと思っていても、相手側にその環境がなければ実現しないわけです。例えば、インターネット創世記の頃(1950年頃)、私は電子メールを持っていましたが、友人は持っていないので、電子メールアドレスが利用できませんでした。コミュニケーションの道具は、社会のある一定以上の人口が利用できるということが、定着するための条件となります。そのためには、牽引力となるような動機付けが必要です。

 校則インターネットの普及率が約14%と高い韓国(釜山)を訪問したとき、インターネットカフェを見学しに行きました。そこで見たものは、対戦型のオンラインゲームに熱中する若者たちの姿で、1時間100円という安さで使い放題でした。最近では、オンラインゲームの多くにチャット機能が付いていて、プレーヤー同士が会話しながら、それぞれの「物語」を刻んでいけるようになっているからです。このような娯楽のシステムが起爆剤となって、ゲーム世代の子供たちを中心にVoIPが普及するのかもしれません。

VoIPにも問題点

 VoIPにも問題点がないわけではありません。通常電話はベルを鳴らし着信を相手側に知らせることができますが、VoIPによる電話とPCとの組み合わせでは難しいという問題もあります。「PC to PC」では、VoIPを利用するプログラムソフトが異なる人たち同士では利用できないという問題もあります。例えば、Mac用のソフトは限定されます。また、電話番号に当たるIPアドレスを公開してしまうことで、ハッカーに攻撃されないかという心配もあります。

 また、動画を閲覧できる携帯電話が発売され、PCになじみのない高齢の患者との連絡に便利だと思われます。しかし、携帯電話の動画配信とインターネットのVoIPとが、併用できるかという問題もあります。このように、今年のITの起爆剤と考えられているVoIPですが、普及には解決しなくてはいけない問題もたくさんあるのです。

 特に、医療の世界では、患者がVoIPを使って、顔を医師に見せたいのかどうかという基本的な点を考慮しなくてはなりません。患者側からは匿名希望の相談もあるでしょう。その場合でも、本人を認証するために顔を出すことを医師は患者に要求すべきなのでしょうか。さらに、VoIPで医療相談され、医師がそれに回答した場合、それが診療点数に反映されるのかという問題も、今後は議論されるようになることでしょう。

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