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臨床とインターネットの接点⑨

Medical Tribune 2001年12月27日 48ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

ブロードバンド時代とe-Learning時代の幕開け

学習利用の試みが本格化

年初に予想した通り、今年はやはり、日本にブロードバンド時代が訪れました(本紙1月4日号)。TVに代わる動画配信がスタートし、いわゆる「e-Learning」、あるいは「Web Education」と呼ばれる仕組みが登場し、自宅にいながらにして海外の講座を受講したり、それによって認定書を得るシステムが各分野で登場し、注目を集めています(同7月26日号)。

 医療業界でも、今年は「e-Learning」の元年と言ってもよい年だったかもしれません。昔は、ハーバード大学医学部の講座を聴講するというのは、留学した一部の医師だけの特権と思われてきたことが、ネットによって、一般医師にも広く権利が手に届くものであることもわかりました(同8月23日号)。こうした仕組みを早速、「新薬の説明会」用に応用しようと採用する製薬企業が増えています。特に、これまでには学習したことがない新しい薬効や画期的な機序を持つ新薬などの説明は、パンフレットだけではなかなか理解しにくいものです。しかし、それがインターネット上でスライドショー形式で説明してもらえると、何回でも聴講でき、納得のいくまで説明を受けることが可能になります。MRから、病院の廊下などで説明を受ける数分間と比較すると、理解を得るためのチャンスは格段にアップします。

 また、「Web Education」の長所は、自分の知っている部分は飛び越して、知らない部分だけを学習できるようになったことです。従来型のTVやビデオテープのように、最初から見なくてはいけないというルールがなく、各章の初めから聴講し、さまざまな選択肢のなかから自分が学習する順番を選択できます。こうした利便性が少しずつ石の間にも理解され、インターネットを学習に利用しようとする試みが大学や石の生涯教育の領域などでも本格化し始めています(図)。

 さらに、英語の動画配信を受講すると、英語の学習に役立ちます。回線の高速化によって音声も聞き取りやすくなったので、海外の学会に参加する前に英語に慣れておくために利用すると便利です。

情報テロリズムも本格化

 テロという言葉が非常に身近に感じられるようになったのも今年の特徴です。特にコンピュータウィルスの脅威は、計り知れないものがあります。パソコンに貴重な情報が蓄積されればされるほど、それが破壊されたときの損失は大きいものです。自分がつくった論文原稿や撮影した画像が一瞬のうちにウィルスに感染し、復活できなくなる事態は他人事ではなく、新ウィルスが配布されれば、だれもが経験する時代になりました。

 症例報告用にと撮影しておいたJPEG画像にウィルスが感染し、学会発表や論文作成が不可能になることもあります。いつ感染したのかわからないし、だれから感染させられたのかもわからないことが少なくありません。今後は、自分のパソコンのセキュリティーは自分で守るしかなく、ウィルスを防ぐソフトを日々更新する設定をしておくことが必要になります。外出するときに扉にかぎをかけるように、パソコンにもウィルスバスターの障壁を絶えず設けておく必要があるのです。

 また最近、突然ある知り合いから全く関係のない電子メールをもらうこともありました。セキュリティーアラームが作動したので、そのメールは、その知人のパソコンにウィルスが感染し、勝手にメールを送ってきたのかもしれない、と思って開封せずに廃棄しました。このように電子メールの受信に、かなり神経を使うことが増えてきたのも最近の傾向だと思います。こうしたことで人間不信にならないかと心配です。ですから、今後はできるだけ電子メールをもらうのは、本当の知人だけからもらうようにして、必要がない情報は後日会ったときにもらうとか、電話でもらうというように、上手に使い分ける必要が出てくるのではいないかと思います。電子メールアドレスは重要な個人情報であり、うかつに他人に教えないという危機意識を持つことも要求されてくるでしょう(同6月28日号)。

 特に常時接続が普及になり、今後IP-v6計画やブルースーツ計画が本格化すると、こうした脅威はさらに増していくことになるでしょう。(同11月22日号)。だれかに、勝手にパソコンにウィルスを感染させられたりと、情報視線の破壊や漏洩においては何が起こっても不思議ではないという時代になるからです。

ITが資本主義経済を失速させる落とし穴

 米国でも日本でもITバブルが崩壊し、多くの企業が経営難に追い込まれています。しかし、ITバブルの時代に構造改革を断行した企業では、合併しても人員削減をし、効率化に成功した企業も多いようです。米国では人員の流動化は、特に好景気の時期から既に起こっていたので、比較的容易であったようです。これに対し、日本はデフレや不景気の時代に人員の流動化を図ろうとしています。しかし、これは失業者を増やすことにつながり、その分、米国よりも深刻な事態になるのではないかと心配されます。

 こうした不況の流れに対抗する切り札として、ITの持つ潜在能力が期待されています。しかし、実際には、インターネットが情報媒体として持つ特殊性は双方向性であり、かつホームページという仕組みを利用し、情報を無限の対象者に公開してしまう力になります(同5月24日号)。この特殊性をしっかりと認識しておかないと、情報の価値を高めるのではなく無にしてしまうというシステムを構築しかねません。また、情報を発進した医療側の責任を患者から追求されるという事態も起こりうるかもしれません(同10月25日号)。

 特に心配されるのが「共有化」という概念が「普通」になってしまうことです。医療情報は、1つ誤れば患者を危険にさらしてしまう重要な情報です。それが共有化されて、誰が発信者なのかの責任があいまいになり、あるいは、誰もが自由に加工したり、コピー&ペーストしただけの内容をホームページで発信したウィ、時には本人になりすまして他人を混乱させてしまう情報手段になりかねません。インターネットは「資本主義」の象徴とも言える米国で誕生したシステムですが、情報を共有化し、発信者個人の責任をあいまいにしてしまいやすい点においては、「共産主義」の仕組みに近いシステムをつくりやすいという落とし穴があります。インターネットビジネスが利益を上げにくいというのも、こうした落とし穴に気がつかない経営者が多いからなのです。どんどん「資本主義」から離れた「共有化」の構造が拡大し、最終的には官が民間活動力を圧迫してしまうという構図も生まれてきます。経済にとっては逆効果で、失業者をさらに増やすことになるでしょう。

 また、情報が共有化されることで、購読者の著作権に対する認識が薄くなってきます。それによって、本を執筆する医師たちの意欲も損なわれてきています(同10月25日号)。難病を学問しようとする医師にとっては、こうした時代の流れはネガティブな傾向なのです。

2002年への期待

 これまでは、インターネットの成長期だったので、ブロードバンド化やe-Learningなど、その長所ばかりに多くの人たちの目が注がれ議論されてきました。しかし、一方では、上記のような解決しなくてはいけない短所や問題が山積みであることを多くの人たちが自覚し始めたのも、今年の傾向ではないかと思います。ですから、日本の医療業界でも、来年はこうした問題を1つずつ解決していく地道な作業が必要とされていくことでしょう。また、長所を伸ばし、短所を減らしていくためには、さまざまな試行錯誤が必要とされ、苦い経験も要求されていくはずです。来年は、インターネット時代の若い医師たちのそうした挑戦や努力を、寛容な心で許容し評価していくという医療業界全体の支援が必要とされるのではないかと思います。

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