Medical Tribune 2001年7月26日 40ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士
日本の医療業界にも“e-Learning”時代の到来 インターネット大学院も可能
メイヨー・クリニックのホームページを見ると、積極的に講座を開催し、世界中の医師への勉学の機会を与えています。(http://www.mayo.edu/)そこに参加する事で、CMEという、日本で言えば生涯教育用の単位を取得できるようです。糖尿病の世界ではジョスリン・クリニックなどが講座を開設し、糖尿病を勉学したい医師向けに学習の機会を提供しています。(http://www.joslin.org/)世界中の医師が積極的にそうしたセミナーを受講し、最新知識を得るために利用しているようです。
ところが、こうした講座を受講するには、その施設を訪問し、セミナーの期間中、缶詰状態になって受講しなくてはいけません。しかし、日本で開業する医師、あるいは大学や病院に勤務し外来を担当する医師にとって、セミナーを受講することだけのために海外に渡航し、1週間以上も滞在するのは困難な話です。
高速インターネットが普及している韓国では、インターネット大学構想が進んでいます。大学の講座がインターネットを通じ自宅から受講できるシステムができているといいます。地方でも、都会にある大学と同じ水準の知識を学習できるのです。インターネットが高速化したことにより、動画情報やスライド情報などを音声と同期させられるようになり、また、講演内容(動画)や講義資料がデジタル化されることにより、内容および資料そのものを教授が学生に提供し、学生は自由にダウンロードできるメリットは大変に大きいのです。
我が国でも、信州大学工学部情報工学化では、2002年からインターネット大学院が開設されます。所定のコースを選択し、卒業論文に合格すると「修士」の学位が授与されます。また、卒業後は博士課程への進学も可能になるという、日本初の試みです(http://www.cs.shinshu-u.ac.jp/)こうした流れを背景に、我が国でも今後はインターネットを利用した学習システム、すなわち“e-Learning”が普及していくことでしょう。そして、生涯学習の重要性を説かれている医学の分野においては、なおさらそうした”e-Learning”の需要が高いのではないかと思います。
学会公演をインターネットで受講
大学と同じように、学会での公演をインターネットで受講するという試みも始まっています。日本糖尿病学会の今年の学術集会では講演の一部を会場で閲覧できるという試みが行われ、好評でした。
また、日本循環器学会の学術集会では、代表的な公演を英語版と日本語版の二本立てとし、インターネットで公開しています。(http://www.medch.tv/)米国心臓病学会(ACC)からリンクがされているということで、海外の研究者にも公開していることは、素晴らしいことだと思います。日本の学術集会のグローバリゼーション化を象徴する試みではないでしょうか。また、講演内容が素晴らしいこともさることながら、英語と日本語なので、もし、自分が英語で講演するときの勉強としても役立つでしょう。私の専門は糖尿病で、日本糖尿病学会や米国糖尿病学会(ADA)、欧州糖尿病学会(EASD)のほか、地方会や合併症研究会、Japan Korea Symposium,国際糖尿病学会(IDF)など、出席したい学会が一年に何回もあります。そうなると、他の分野の学会に参加して講演を受講するために休診するのは非常に難しいことで、ほとんど参加した事がありませんでした。
しかし、今年の日本循環器学会学術集会のように、もし学術集会事務局がインターネット講演会を開設して専門分野以外の医師にも役立ちそうな内容をピックアップし、多くの医師が受講できる機会を与えてもらえるのであれば、大変にありがたいと思います。
私の場合で言えば、糖尿病の合併症に関する臓器障害には、興味があります。例えば、神経関係の学会で、糖尿病性神経障害に関するシンポジウムがあり、糖尿病の医師が受講できるようなインターネットセミナーシステムを構築してもらえれば、有料でもぜひ受講したいと思います。
あるいは、眼科関係の学会であれば、糖尿病性網膜症に関するシンポジウムをネットで公開してもらえれば、それもぜひ毎年、有料で受講したいと思います。ネット会員という位置付けで会費をインターネットで支払うことにしてもらえれば助かります。このような感覚をもつ医師が増えれば、学会としても会員数が増えることになり、会費も集めやすくなり、学問提供の機会が増え、グローバリゼーション化にもつながると思います。
このようなネットでセミナーを配信するという試みは、わが国の医療水準の向上にとって大きな貢献になるのではないかと感じました。
米国では公演記録を有料販売
米国の学会システムを見ると、学術集会での公演内容をテープやビデオで収録し、それを販売するシステムがあります。
私も先日フィラデルフィアで開かれたADAに参加し、学会事務局が収録した音声テープを12本、自分で選択し、購入してきました。これらのテープは大変に役立っています。特に学会で受講した内容を自宅で何度も反復学習できることは需要です。聞き漏らしたり、単語がわからないような場合でも、じっくりと内容をチェックできるからです。また受講したい講演が同じ時間帯にぶつかっていて聴講できない場合も多くあります。そうした公演内容も、カバーする事が可能になります。
こうした米国の学会活動を「学問をビジネスとして利用していて、けしからん」と思われる方もおられるかと思いますが、私はそうは思いません。せっかく、渡米して参加した学会ですから、できるだけ多くのことを吸収したいと思うのは当然です。また、会場で5日間、持続的に緊張状態を維持しながら、テーマが異なる内容の公演を次々と受講してその全てをどんどん理解し、素早く吸収して記録に留めることは非常に困難です。海外ですから時差もあり、睡魔も襲ってきます。ですから、収録テープとして記録に残してもらったものを後で再学習する機会を与えてくれることは、大変に良いことだと思います。
また、テープでもらえるということで、実際の公演を受講するときにメモを取る必要がなく、それも助かりました。会場では余裕が出て、スライド画面の方に関心を集中させる事ができ、内容をより深く理解できたと思います。
地方にいる方が有利になる
医師は、多くの製薬企業からセミナーへの参加の招待を受けます。ウイークデーの夕方や土曜日の午後などにセミナーが開催される事が多いのですが、受講したいセミナーがあっても、患者の容体が悪化したり、他の用事ができたという理由で参加できないことも多くあります。そうした場合に、あるホームページを訪問し、基本的な説明会と同じ内容があると言うことであれば、説明会に参加できなかった医師でも自分で参照する事ができて便利でしょう。
新薬の添付文書やパンフレットだけをMRから渡され、「後で呼んでください」と言われてもなかなか読むことは少ないものです。また、読みたくない時には、そのパンフレットを紛失してしまっていることはよくあります。「しかし、ホームページ上で人間が言葉を介し、あるいはスライドを使って、しっかりと音声で説明してくれると、医師の薬剤に対する理解も飛躍的に高まります。また、今後はこうしたインターネットセミナーが新薬の説明会だけでなく、臨床治験などの分野にも広がれば、治験に参加できる医師の数を増やす事が可能になり、治験の進捗は早まり、新薬申請までの時間が短縮されることで、多くの有望な新薬を生み出しやすくなるかもしれません。
これまでは最新情報を入手するには、都会には情報が多く、地方よりも有利でした。しかし、“e-Learning”が可能になれば、場所を問わず、どこからでもセミナーに参加できます。むしろ都会では通勤時間などに時間を奪われ、自宅でゆっくりインターネットを利用している時間が少ないはずです。これに対し、地方に住む医師や自宅と医療施設が近い開業医は通勤時間も短く、インターネットの利用時間も多く取れます。ですから、その分、地方の医師は都会の医師よりも学習時間が多くなるかもしれません。すなわち、“e-Learning”が日本の医療業界において本格化すると、地方に住む医師の方が多くの大学の講座を受講し、多くの学会のインターネット会員になり、また、多くのセミナーを受講できることによって、より優秀な医師になっていくことでしょう。これは医療水準の地域格差をなくすと言う意味で、重要な意義があるのではないかと考えます。