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インターネットが医療を変える 第3回

「MR君」(その2)

MR君を使いこなせるか、否かで医療技術に差が出る時代に

 鈴木吉彦 ソニーコミュニケーションネットワーク㈱General Manager 医学博士

雑誌名:Medical ASAHI  2000年8月   朝日新聞社  

61ページから63ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

 MRから医師、医師からMR、という医薬品およびさまざまな情報の伝達は、これまでは極めて非効率的になされていた。そのため、ITを利用したその効率化を医師は必要とし、多くの製薬企業からも強い要望があった。前号で紹介した「MR君」とは、MyMedeipro(インターネット上の医師向け医療情報の取得に役立つ仮想空間都市)の画面の上で、MR個人個人のメッセージバナーを表示することでコミュニケーションをとるシステムのことである。このシステムを通じ、医師とMRとが迅速で双方向性の連絡を取り合うことが可能となる。今月は、この「MR君」の意義にについて、さらに詳しく解説したいと思う。

●インターネットはリアル・プラス・バーチャルの新しい時代へ

 1995年にアメリカのネットスケープ社が株式公開をしてから、日本もアメリカも、「インターネットが世の中を変える」という予感を感じ、多くの新興インターネット企業が誕生した。インターネットを利用した新しいビジネスモデルを考えることで、無名のエンジニアが、伝統的な大企業を負かすくらいのビジネスができるようになった。そして、これまでの常識を次々と覆していったわけである。インターネットが物理的な制限にとらわれない空間であることから、これまでのルールに縛られない。ルールを破る人、つまり、ルールブレーカーの出現が、世間をあっといわせていたわけです。

 しかし、それに気がついた伝統的な大企業は、1998年頃からインターネット企業、つまり、ベンチャー精神を持つ新興のサイバー企業の挑戦を受けて立つようになってきた。ここで、現実の社会の大手企業が、しっかりと自己変革に取り込み、反撃を準備するようになった。

 2000年になって、インターネット企業の大手であるAOL社と、リアル企業の大手であるタイム・ワーナー社が合併を発表した。音楽は、インターネットのレーベルゲート社などから取り込まれるようになった(いわゆる音楽配信)。また、ソニーのPlayStation2は、2000年末からインターネットと接続できるようになり、常時接続の対戦型ゲームができる装置となり、また、家庭用インターネット端末となろうとしている。

 つまり、これらが象徴するように、リアル社会と、サイバーの仮想社会との融合の時代が訪れたといえるのである。これは社会が、リアル・プラス・バーチャルとの効率的な融合が、社会にとって、最も貢献を成し得るものであることが分かってきたために起こってきた、新しい流れといえる。

 このような流れになると、ベンチャーという響きは、かつてのような躍動性を持つ企業という意味合いが薄れ、なかには、ITバブルの不良資産化しているベンチャー企業も目立ってきている。そして、逆にこれからは、医師や製薬企業のみならず、医療業界のあらゆる場面において、既存の大手リアル企業におけるリアル事業のサイバー化、バーチャル化を、いかになし得るかが問われることとなり、それに対する解決策を提示する企業やビジネスモデルが重要となってくる。

 リアルがバーチャルを否定するのでもなく、バーチャルがリアルを否定するのでもなく、両者が接点を見つけて上手に両者を活用していくことにこそ、社会的な価値が出てくるのである。その意味では、リアルMRに対して、「MR君」があるように、リアルの医師に対して、インターネットの世界のサイバードクターという存在が生まれてくるかもしれない。

●「MR君」は医療界のリアルとバーチャルとの融合

 このようにインターネットを取り巻く時代の変還のなかで、なぜ私がまず「MMR君」を考案したのかというと、それは、必然性が高いと判断されたからである。医師が患者と相互に情報を交換し合うシステムは、個人情報の機密の問題があり、セキュリティとしてはかなり高次元の情報である。であるから、実際にそれを扱うシステムを構築するのは、非常に難しく特に個人認証を確実に行えるハードルとの組み合わせが必須である。

 これに対し、医師とMRとの情報交換においては、個人情報が流れることは少なく、むしろ医師の業務支援に繋がる情報が多い。このため、個人情報としての側面をもつ情報交換が少なく、システムとして構築しやすい。また、医師および製薬企業からの日常のMR業務の効率性に対する改善の必要あり、という声も多く、医療業界全体におけるニーズが高いと判断したためである。

●リアルとバーチャルのMRとの関係はどうなる?

 「MR君」のシステムは、リアル社会のMRとインターネットの仮想世界のMR君とが協力関係にあるように、と考えて構築されている。つまり、「MR君」はリアル社会のMRの仕事を助けるものであり、リアル社会のMRの仕事を奪ってしまうものではない。また、医師にとっても「MR君」は、リアル社会のMRとの人間関係があって初めて便利に感じるものである。「MR君」は、医師とリアル社会とのMRとの対話や交流を促進するものであって、阻害するものではない。

 この関係をMRの立場から考えてみよう。例えば、「MR君」のシステムは、リアル社会のMRの仕事が怠慢であれば、仮想社会のMR君も怠慢になる。一方、リアル社会のMRの仕事が優れていれば、仮想社会のMR君はそれを援助してくれる。ただし、リアル社会のMRがインターネットを活用できなければ、仮想社会のMRは援助をしてくれない。よって、バーチャルのMRを自分の秘書として、あるいは、ひとつの道具として上手に利用できるように、リアル社会のMRはインターネットのスキルを身に付けておかなくてはならない。

 また、さらにリアル社会の医師に対しても、「MR君」をうまく利用してもらえるように、リアル社会のMRは医師にMRのIDを登録してもらうことが必要になる。その場合にもそれまでの人間関係がうまくとれていれば、「MR君」もそのまま良好な人間関係を促進するものになってのいくことだろう。

 このように、リアル社会の医師が、あるいはリアル社会のMRが、インターネットをうまく利用し初めて価値が生まれる、という特徴を「MR君」は持っている。このシステムは、両者がともにこのコミュニケーションツールを便利であると感じることが大事であり、そのコンセプトを医師もMRも共に大切にしていく、そのためにはこのシステムをともに築いていく、作っていく、という意識が大切である。

●「MR君」により製薬企業に新しい価値観を期待

 リアル社会のMRが、インターネットにおける「MR君」をどう利用していくか、というのは、リアル社会のMRの意識改革を迫ることになるかもしれない。リアル社会での医師とMRとの情報交換を、インターネット上においてどう反映していくか、ということは、MRにっと重要な戦略になる時代がくるのであろう。これはIT技術を会社の進歩のためにどんどん活用していこう、と考えている製薬企業にとっては「MR君」は大きな貢献をもたらすことを意味している。

逆に、インターネット時代を否定する考えを持つ製薬企業には、「MR君」は価値の少ない存在となって映るかもしれない。

 そして、IT技術を取り入れようとしている製薬企業の経営者にとっては、リアル社会のMRの仕事と、インターネット社会の「MR君」を利用した仕事とをどう評価し、両方のビジネススタイルが共存する組織をどう経営していくかが、その後の会社の経営にかかわる重要な決断事項になってくるだろう。「MR君」をうまく利用できるかどうかが、会社の進路を決めるだろう。企業は過去の価値観を捨て去ることで、新しい価値観を見つけ出す時代が到来した、といってよいだろう。

 そして、実は同じことが、医師についてもいえるのである。「MR君」を利用して上手に情報を収集する医師は、それができない医師よりも、情報の入手速度が遅くなり、情報の収集能力が劣るということになっていくだろう。実際に、インターネットを利用できる医師は、MEDLINEや医学中央雑誌から、多くの文献抄録を即座に取り寄せている。それができる医師とできない医師とには、文献を見つける速度に明かな差が生まれてきている。

 アメリカではパソコンに精通しているほど年収や役職が高くなる、という現象が認められるようになってきている。これを、デジタルデバイドと呼び、情報格差と呼ばれる。つまり、電子メールのチェックを行っているか、パソコンに無理なく文章が書けるか、すぐに返信が書けるか、文章を添付できるか、「MR君」をなんなく利用できるかどうか、などはこれからは医師にとっても、業務上の最低限の必要技能になっていくのかもしれない。それができる医師とできない医師とには、デジタルデバイドが生じてくることは止むを得ない、という時代になるのだろう。

●「MR君」は医療業界に大きな貢献をもたらす

 医療関係者であれば、だれもが常に患者のことを考えている。目の前にいる患者の病気を治したい、といつも考えているのが、医師であり、ナースであり、医療関係者である。その患者に対し、皆で協力し病気に対して立ち向かっている世界が、医療業界であるわけである。

 特に医師が病気を治したいと考えるときに、処方すべき薬が必要になるのであるから、MRが医師に持ってきてくれる薬の情報は、医師にとって病気を治すためには、非常に重要な情報であるわけである。しかし、従来のシステムでは、医師がMRに情報を聞きたいときにMRはそばにいないことが多い。週に何回か会えるようなMRはよいほうで、年に数回しか会わないMRもいる。そうした場合、よく使う薬品であっても医師側では情報が不足する。MRから必要な処方や副作用に関する情報を得ていなかったばかりに、それが思わぬ不慮の事態を起こすことだってあり得る。

 医師がMRにできるだけ頻繁に訪問してほしい、より詳しい薬品情報を伝えてほしい、と考えている。しかも、患者の病態は日々変化するので、もたもたしているとその情報は役立たなくなる。情報が遅れている間に、深刻な事態に陥る症例もある。患者の治療に必要な薬品事情を、医師がMRにできるだけ迅速に持ってきてほしいと要求するのは、そのためなのである。

 しかし、どんな優秀なMRであっても、従来のシステムでは、医師に迅速に情報を渡すことが困難であった。文献1つにしても、医学部の図書館に足を運んだり、学術機関に電話やファックスで連絡したり、入手した文献コピーを車につんで運んだり、その車が渋滞に巻き込まれたり、と、MRが医師に情報を渡すという行為だけに対し、物理的あるいは時間的な障壁は高い。またコストもかかり、効率が悪かったのある。

 しかし、バーチャルの「MR君」は、そうした非効率性を抜本的に変えることができる。インターネトという、時空を超えた双方向性の媒体であるという特徴を生かせば、情報交換が極めて迅速に、いわゆる「インターネト速度」で行えるようになるからである。

 この「インターネト速度」をフル活用することで、医師は「MR君」を活用し、必要なときに必要な情報をすぐ入手する、ということが可能になるのである。そして、その効率化によって、医師が病気を迅速に治すことができる、ということに繋がる。価値ある情報と効果ある薬品によって、病気が早く治るようになれば、患者は喜ぶ。医師も喜ぶ。日本全体の医療知識水準の向上にも繋がるであろう。医療費の無駄遣いもなくなる。製薬企業は役位品の売り上げが伸びる。削減されるのは、MRが交通状態に巻き込まれてロスをする時間だったり、病院側に車を止めたりするための駐車場代だったり、廊下で待つ時間に相当する人件費だったりする。そして、そのぶんを新薬の開発費へそそぎ込むことができる。その結果、多くの役立つ新薬が生まれることにも繋がるかもしれない。つまり、「MR君」の実現化によって、従来の非効率的な部分だけが削減され、医療業界において損をする人はいなくなり、誰もが得をするという感覚を持てることになる。つまり、医師がMR君を通じてMRからオンデマンドで情報の入手を迅速化できることは、多くの人にとって幸せもたらし得、従来から必要性が低い、効率性が悪い、と考えられていた部分だけが削減できる。

 このように考えると、「MR君」のシステム構築は日本の医療業界において、非常に重要な意味を持つ仕事であり、その成功は医療業界において、大きな貢献をし得るものであろう。それだけに今は、ひとつずつ慎重に、ミスのないようにと、綿密な構想を練りながら、システム構築を作りつつあるところである。

雑誌名:Medical ASAHI  2000年8月   朝日新聞社  

61ページから63ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

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