新医療 1997年6月号 53~56ページ ©︎鈴木吉彦
ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社医療情報担当医師 (インターネットドクター) 鈴木吉彦
インターネットは、爆発的な勢いで成長しつつある情報の道具である。その影響は様々な情報活動分野に影響を及ぼし、第三次産業革命とか、江戸時代の黒船来航に例える人もいる。インターネットにより情報の流れや質がかわり、文化、産業などあらゆる分野に影響を与えている。しかし、この技術を有効に生かし、正しく利用していくのは、たやすいことではない。ほんこうでは、ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社(以下、So-netと略す)における医療情報提供システムの構築において筆者が経験したことをもとに医療とインターネットとの関わりについて議論してみたい。
情報は質(quality)や独創性(originality)が命である
インターネットネットが始まったばかりの頃、数人で運営しているプロバイダーや、個人のホームページが急増した。 プロバイダー運営者やホームページの作者らは、自分が世界中に情報を発信していると信じていた。しかし、そのページを見に来てくれる人の数が少なければ、それは街頭でビラを配る作業やその効果くらいのものでしかないことは後で分かった。
個人で情報を発信すること自体が悪いわけではない。しかし、インターネット場合、多くの情報の中から読者が内容を選択し、電話料金やインターネット利用料を支払いながら、その情報の価値を判断する。このため情報を読み信用するまでには、かなりの時間的および経費的ロスがある。
新聞や出版物では編集者が情報提供者としての倫理観を持ち、情報の質を管理し選択しつつ提供しているからそのロスは少ない。ところが、インターネット上で個人ホームページが乱立すると、そうした選択作業をしていない粗原稿のような情報ばかりが並んでしまう。その中で、どのページを見たらよいか、読者は混乱するばかりである。次々と入ってくる情報に対し、自分自身の判断が、その都度、要求される。
タイトルにつられて面白いと思って読み始めたページが結局読んでみると、商品の宣伝だったり、水準の低い内容だったりする事が多い。その場合にロスした時間と電話代は誰も弁償してくれない。
最近になり、他人の画面を平気でコピーしたり、他人の独自オリジナル画面を自分が作ったようにして紹介したり、と著作権侵害を平気で行うホームページが増えている。内容の質や文章責任などを誰が管理しているのか、を故意に分かりづらくしているページもある。それをビジネスの種にしようとするプロバイダーもいる。驚いたことに医学の領域でもこうした悪徳プロバイダーが出てきている。こうした風潮が広まると、オリジナルを作ろうとする作者が減り、誰もインターネット上に有用情報を流さなくなる。
Virtual Cooporation構想 Medical Profession(http:www.so-net.or.jp/medipro)の例
こうした質の管理や盗人防止などの問題を解決しつつ、インターネットのホームページを運営していくには、どうしたらいいか?その解決策として筆者が選んだ方法は、Virtual cooporationという概念である。すなわち、インターネットにおいて、いろいろな会社が協力し合い、ある一つの街のように活動することを指す。 この概念をもとに構築したホームページ「Medical Professions」(以下Mediproと略す)を図1,図2、図3に紹介する。
例えば、多くの情報提供会社が、独自の物理的空間(ホ―ムページ)をもって、情報を提供しようとする。それは、書店に例えれば、各出版社ごとに本棚があり、その会社の本だけが陳列されているようなものである。しかし、それでは利用者は混乱し、自分の目的の本を探し出すことはできない。
この問題を解決するには、多くの会社が提供する情報を、誰かがカテゴリーごとに整理し、利用者が分かりやく且つ探しやすい形に変えて陳列しておく必要がある。また、その整理の際に、どの情報が質が高く、多くの読者が必要としているか、どの情報は必要が低く利用度が少ないか、などの判断をしなくてはいけない。
筆者はSo-netの医療情報部門の管理責任者として、大手医療専門出版社に対し、このVirtual cooporationへの参加を呼びかけ、各会社に賛同を得、Medical Professionの情報提供会社(information providerの意味からIPと略す)になっていただくことの提携をした。そして筆者自身は、上記のようなVirtual cooporationのための内容整理作業を行い、各会社が提供する情報を、読者が選択しやすい場所に位置させ、ひとつのホームページとして紹介する作業を行っている。1997年現在IPとして、医学書院、JAMIC、南山堂、医歯薬出版、南江堂、薬業事報社、中山書店、日本メディカルセンター、先端医学社、主婦の友、保健同人社、創新社、オムロン、スカラ、ソニー企業が契約している。
このVirtual cooporation計画は成長しつつあり、IP各社とのチームワークもとれ、ホームページの成功例として各誌で紹介されている。それは、情報提供側にも、また受け手側にも、インターネット活用の利点が多く生まれたことによるためと考えている。また、上記で提示した質や盗難防止にも役立つ。
Mediproが成功した背景となったVirtual cooporationの利点を以下に箇条書きする。
- 情報がカテゴリー別に整理してあるので、受け手側が使いやすくなった。
- 情報提供するIP側は、選りすぐった情報を確実に読者に提供で来るようになった。それまでは、たくさんのリンク集なども独自で手間をかけて創っていたものが、そうした無駄の努力が不要となった。逆に自社の得意分野の情報提供に力を集中することができるようになった。
- 各会社が自分の足りない情報を補い合い、チームワークが生まれた。Mediproでは、各IPが定期的に集合し全体の運営方針を相談している。
- 情報の受け手側から見れば、たくさんの選択肢の中から、自分にあった情報を選べることになり、自由度が高まり、安心感が広がった。
- 情報の管理は、専属医師やIP同志で相互にチェックしながら行うため、質の高さを維持できるようになった。読者からみればMediproの内容ならば信用できる。という環境作りができた。
- 違法なコピーや著作権侵害に対し、So-netをはじめ、MediproにあるIPが協力、団結し立ち向かうことができるようになった。
- 膨大な量の情報を、一ヵ所に集合させることができるようになった。たとえば、Mediproでは日本で出版されている医療商業雑誌の三分の二以上の内容をチェックできる(図3)。また、日本で出版されている医療図書目録すべてを検索できるシステムを構築中である。これが完成すれば、雑誌や医療書の検索は、Mediproに寄れば全て検索できるようになる。
有料化の必要性
二年前には新聞紙上を賑わせ、医療に関するホームページが多く紹介された。しかし、それら様々な企画のホームページの多くは、現在は消滅している。あるいは、放置されている。その原因は多々あるが、最大の原因はインターネット
でのサービスに対し、有料化のプランがなかったことと、利用者側が対価を支払う習慣がなかったことによるだろう。
当初、医療におけるインターネットは、UMINなどの活躍により、特定資格のある医療関係者ならば無料で情報を入手できることが当たり前だった。そうした無料で情報を入手するという感覚を覚えてしまったために、インターネット利用者は、情報に対する対価を支払うことに拒否感を抱くようになった。その結果、情報提供側は、いつまでたっても無料で情報を制作し供給しなくてはならなくなり、言い換えれば、ボランティアとしての作業を繰り返すことになり、経済的に持ちこたえられなくなったのである。
こうした趨勢が続けば、インターネット上に価値ある情報を提供することは、誰もが嫌がることになる。その結果、インターネット上には大した情報が流れないことになる。こうした悪循環を断ち切るには、しっかりした情報を有料で提供し、受け取った側もその価値を評価し、その分の対価を払う。というサイクルを構築しなくてはならない。そのためには、将来に向けた課金システムの充実が必須である。
例えば、糖尿病学会の場合は
日本糖尿病学会は、MediproのIPとしてSo-netと提携している。なぜ学会が、大学のサーバを利用するのではなく、So-netを選択したかについては、いくつかの理由がある。
その理由のひとつに、課金の問題があった。課金システムを有しないプロバイダーのサーバでは、将来的に学会雑誌などの電子ジャーナル化が実現できないことが問題としてあげられ、最終的に課金システムと医療情報ページの両者を持つSo-netが選ばれたのである。
例えば糖尿病学会では、学会費を払う学会員になり、毎月、雑誌「糖尿病」が郵送で自宅に送られてくる。学会員にとっては、その学会雑誌が学会費を払う動機になっている。
しかし、もしそれがインターネットで無料で読めることになれば、学会員は会費を払わずとも学会誌を読めることになり、会員数は減ってしまうだろう。それは学会運営上大変困ることである。つまり、学会員と学会費を従来どおり確保し管理していくには、学会雑誌は将来は有料化を前提としなくてはならない。
このため、(もちろんまだ決定していないが)将来、日本糖尿病学会の学会雑誌を有料電子ジャーナル化する時には、So-netの課金システムを利用することになるだろう。それと同時に、学会員の会費徴収業務などもSo-netが行うことになるだろう。こうしたシステムは学会運営にとって役立つものになり、そうなった時点で初めてインターネットは多くの学会にとって便利で有用なものとし認識されるだろう。
インターネットはOpenではなくClosedの世界に適している
インターネットが流行した当初は、だれもが情報発信源になれ誰もが受け手になれることから、開かれは(open)世界が長所と考えられてきた。しかし、インターネットが普及するにつれ、開かれた世界から入手できる情報のほとんどは、役に立たないゴミのような情報が多いことに気付いた人は多い。
また、ホームページを制作する会社は、競って、自分のページには80000件のリンクがあるとか、6000件あるとか、その数の多さを自慢する傾向があった。しかし、実際には数が多ければ多いほどリンク集としては使いにくい。あるキーワードを入力し、あるカテゴリー別で調べても、種々雑多なホームページのリンク先が現れるだけである。その段階で、さらにどれを選べばいいのか、また頭を悩めてします。詐欺情報や誤情報が氾濫しているリンク集だったらどうするのだろう。少なくとも医療関係者でない担当者が作った医療関係のリンク集は信用しないほうがよい。医学的に内容が雑多なら、おそらくそれは医療の素人が作ったものと判断してよい。
そう考えると、インターネットは、しっかりしたアンカーマンがいるページで、且つClosedな世界で利用したほうが安心である。気心の知れ合った医療関係者同士が、mailin-glist機能などを使いながら会議をもったりするのは研究や共同製作作業にはたいへんに便利である。また一日に何度も、夜間でも、海外同志でも、電子メールを交換したりするのは手紙ではできないシステムである。インターネットの特徴のひとつに双方向性があるが、これもclosedのほうが使い勝手が良い。知らない相手からメールをもらうのは精神的苦痛が大きい。
つまり、こうしたインターネットが他のメディアより優れている点は、closedの世界での応用のほうが多い。このため、一般に抱かれていたインターネットに対する“open world is best”の認識を変えなくてはいけない時期にきたと考える。
結語
紙面の都合で、議論が途中になったが、お許し頂きたい。インターネットがもつその他の問題は、また別の機会に論じたいと思う。最後に本稿の結語として、インターネットの世紀はまだ始まったばかりであることを付記したい。現在は解決できない問題でも、将来、例えばインターネットの家庭用専用端末ができテレビで使えたり、インターネット電話が普及したり、インターネットTV電話ができてくれば、解決することが多くある。そうした期待を込めて、今後もインターネットを有効活用し、医療分野に役立てることができるようMediproを運営していきたいと考えている。