シンポジウム・3 <糖尿病とインターネット>
3.インターネットの近未来
鈴木 吉彦
糖尿病学の進歩(第32集) 、日本糖尿病学会編、診断と治療社、東京、1998年
115ページから120ページ コピーライト、©鈴木吉彦
インターネットは糖尿病の治療上の重要な役割を担う情報伝達手段となるのは間違いない。その技術は日々進歩している。筆者は、ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社が運営するインターネット接続プロバイダ―So-netにて、健康医療情報に関する責任医師として勤務し、「Medical Profession」の管理責任者として、日々、実験を指揮してきた。インターネットの世界では企業間の競争が激しく、ソニー以外の会社の動向については秘密事項も多いため、一般論として論じにくいため、本稿では、ソニーのシステムを中心に、インターネットの近未来について解説してみたい。
●リンク機能や検索エンジン、サーフィンや無料サイトの価値が急落
インターネットがブームになり始めた1996年頃では、情報量も少なく、質も低く、本格的な情報を掲載するサイトは少なかった。無料で閲覧できるものが多かったが、個人が趣味で作ったコンテンツでは、役立つものは少なく、利用者は、電話料やインターネットの接続料を無駄に費やしてしまうことが多かった。
1997年の夏頃から、そうした傾向に変化がおきた。無料サイトの多くは、更新もメンテナンスもされることはなく、放置されている事が多くなり人気がなくなってきた。検索エンジン(Yahoo、その他)も、キーワードを入力して表示される検索結果が多くなりすぎ、絞りこみの意義が薄れ、その分、価値が下がった。リンクを繫いでコンテンツを探す方法(通常、これをネットサーフィンと呼ぶ)も、時間と接読費用を無駄にするばかりで、急速に人気がなくなり、死語となってきている。
●All in Oneコンセプト
こうした問題点を解決するためには、役立つ情報が、有料と無料のコンテンツに整理され、検索エンジンを使わなくても、すぐに探せ、整理した形で提供されているシステムが必要となってきた。われわれは、こうした時代の到来を予測し、2年前より健康医療に関連する情報を、1つのサイトに集約し、Quality controllerが内容を整理し配置させ、読者に選択しやすい形を作る、という作業を繰り返してきた。筆者は、そのQuality controllerとなり、Medical Professionの他、図1に示すホームページを開設した。こうした概念は、以前からインターネットの成功法の1つと考えられ、Virtual cooperation Cityとか、All in Oneコンセプト、などと呼ばれるシステム構築の概念である。
●“Medical Profession”は、成功例
So-netが運営する、「Medical Profession」では、日本を代表する情報提供会社や学会と提携し、信頼できる情報を、ひとつのホームページに整理しまとめた。すでに書籍で有名なっているベストセラーをインターネット版に改訂したものから、オリジナルで作成したものなど、様々な趣向を凝らした内容を盛りだくさんに集約した。これにより読者は医学専門出版社が提供する情報を、安心して閲覧し、効率よく情報を得ることができる。
So-netと情報提供会社との関係は、図2に示すように、So-netが街を作り、その街に出版社や各学会事務局がビルを立てて営業をする、という関係に例えられる。So-netは、この街の治安を守り、各出版社の商業行為や情報提供活動をサポートし、街全体をまとめて宣伝するという活動をしている。また、インターネットの世界では、犯罪も多い。たとえば、ウイルスと呼ばれるような爆弾を街にしかけ、街を破壊させてしまう犯罪者もいる。あるいは、ハッカーというように、無断で他人のパスワードを盗み、それを使って買い物をしたり機密情報を盗むなどという犯罪者もいる。さらに、他人の著作物を無断でコピーし、営業用として利用する悪徳ホームページ運営会社もある。こうした犯罪者を取りしまり、安全にインターネット上での商業行為を保証するのは、現在ではインターネット接続会社の役割となる。こうした安全性の保証などもSo-netが、各出版社に対して行っている。また、インターネットの街は、人気が出てくるとアクセスが増え、回線が渋滞する。このため、「Medical Profession」の内容はSo-netの中でも優れて安定したサーバ環境に置いてある。
「Medical Profession」ではこうした街づくりを2年間かけてじっくり行ってきた。その結果、現在では、1日1500名の医療関係者が訪問し、1日40000のPage Viewアクセスを有する巨大な人気ホームページとなっている。
●優れたコミュニケーション空間作り
全世界の人たちと、リアルタイムで会話を楽しむことができるのがチャット(英語では、おしゃべり、という意味)という機能である。リアルタイムではないが、じっくりと文章を書き込み、多くの人に呼んでもらう、というのが掲示板である。そうした掲示板機能を利用し、テーマを決めて話し合いを進めていくのが会議室やフォーラムである。糖尿病学会インターネット委員会では、メーリングリストという機能を使って、遠くの人たちと同時にいろんな議題について討論ができている。
これらのコミュニケーションはすでに確率されているコンセプトだが、ソネットではその機能を発展させ、チャットや掲示板機能を融合したり、テレビ電話と合体させたり、様々な機能を追加しようと考えている(図3)。
また、オフ会(オンライン、つまり電話=lineを使わない会、という意味)なども人気がある。チャットなどで知り合った同士が、実際に集まる会である。普段、病院では異種職業間での情報交換は少ないが、こういうインターネットを通じた交流では、本音も話すことができ、充実した関係を築ける。
●インターネットと衛星放送
ISDNという高速通信網が広がると、大量のデータを送れる。ISDNを利用すれば、テレビ電話やテレビ会議は、日常茶飯事に行えるようになる。これにより、患者の表情を確認しながら、インターネット上での情報伝達が可能になる。遠隔地にいる患者の診察も可能になる。
しかしISDNを用いても、詳細な動画を送るには、問題は多い。このため、インターネットを使い画像音声データを検索し選択し、そのデータを今後は、衛星放送を経由してダウンロードしようという実験が始まろうとしている。これができれば、動画のやりとりも簡単に行えるようになり、好きな時間に好きな画像音声データを閲覧できるシステムができる。このシステムは通常、Video on Demandと呼ばれる。この機能が完成すれば、糖尿病に関連する患者教育情報を、サーバ上に置いておき、患者が好きな時間にダウンロードできるいうシステムを作れる。筆者らは、本年中にこのシステムをスタートさせ、多くの糖尿病患者に、Video on Demandで糖尿病に関する基礎知識を伝達する計画である。
●医療関係者だけが参加する空間作り
医療関係者が情報を交換しあう空間を作ると、その情報をのぞいてみたいという欲求は、患者側に必ず起こる。医療従事者同士の会話を患者が見ることには、問題が多い。患者のための相談室を運営しているホームページも存在するが、うまく運営できていないようである。医師への悪口も含まれ前進的な発言が少ない。こうした問題を解決するには、利用者のプロフィールによって分けた、会員制の空間作りが必須である。
●One-to- Oneシステム
筆者らは医療関係者だけが利用できるターゲットを絞った閉鎖空間(Closed Space)を築き「My Medipro」と名付けた。このシステムでは、医療関係者が訪問する場合、プロフィールを登録し、それを元に、医療関係者に適した情報だけを抽出し表示する(図4)。
これにより、いままでインターネットの世界では、実現しにくかった、学会から学会員への情報伝達(医療用医薬品などを含めた製品情報などの伝達)が可能になるだけでなく、個々人の医師や医療関係者が選択した情報に対し、きめ細やかな情報提供が可能になる。特定の地域の医療関係者に対してだけにメッセージを送る事も可能になる。ホームページを見る読者ごとに異なる画面になり、読者が自分のホームページを各々持つというイメージになる。自分が初期登録しておけば、自分が見たいものを優先的に閲覧することができる。見たくない内容は、見ないという選択をしておけば良い。
このシステムを医療分野で採用するのは世界でも「Medical Profession」が最初である。しかし、今後、これがどんどん普及していくだろう。そうなれば、個々の患者に対し、医療関係者側から、きめ細やかな、One-to-One対応が可能になり、その患者に必要で、最も適切な情報を医師から提供できるようになる。こうしたOne-to-One対応を用いた患者指導は、糖尿病患者教育の理想像といってもよいかもしれない。
さらに、こうしたシステムに、全文検索エンジンなどのプログラム機能や広域分散型データベース機能も盛り込めば、ブラウザーは、その個人にとって多機能をもつコンピュータプログラムになる。
また、このOne-to-Oneブラウザーには、さらなる高次機能も具備される。たとえば、学会からの会員への連絡や、会員が学会の決定事項に対して、評価することもできる。学会から学会員へのアンケートを募集する事もできる。なお、本年度中には、糖尿病患者に対し、毎日更新される献立集をメールで配信する計画も準備中である。
●第42回糖尿病学会学術集会事務局のホームページ
第42回糖尿病学会学術集会は横浜で行われ、済生会中央病院松岡健平先生が会長となり、渥美義仁先生が事務局長となる。その運営を、インターネットを中心に行おうと計画が進行中である。事務局からのお知らせや、演題抄録の申し込みまで、インターネットで情報提供をする。細かい会場の地図やホテル予約、タウン情報まで必要な情報はすべてホームページに掲載され、いつでもチェックできるようにする。
学会員にとっては、学会抄録集の配布は早まり、スケジュールが立てやすくなる。また学会抄録がデジタル化されることで、インターネットでいつでも確認できるだけでなく、CD-ROM化することで検索も容易になる。さらに糖尿病インターネット委員会で進めている雑誌「糖尿病」のデジタル化に合わせて、雑誌「糖尿病」内容と学術集会演題抄録集をパッケージにしてCD-ROM化することも可能になりそうである。学会員になって10年もすると、雑誌「糖尿病」120冊にも及ぶ雑誌をどう処分しようか悩むものだが、そうした問題も解決される。かつ、検索が可能になることで過去の文献も探しやすくなり、学問的発展にも大きく寄与するだろう。
こうした印刷媒体から情報をデジタル化に変換させる事のきっかけを、インターネットは提供している。印刷媒体からCD-ROM化するには、媒体としての物理的あるいは経費上での制限や問題が多いものだが、それをインターネットを介することで、デジタル化への移行を容易ならしめている。
正式オープンは7月からの予定である(それ以前の画面にある内容は、変更の余地があるので注意されたい)。また、事務局のアドレスに送ると、Mailinglistという機能を使って、松岡会長と渥美事務局長にも目を通してもらえるようにしたいとも考えている。なお、本稿は第41回和歌山での学術集会の前に書いているが、和歌山での糖尿病インターネット委員会にて、新たな方針や指針が決まった場合には、どんどんそれにそって学術集会事務局のホームページは変更をしていこうと思っている。できるだけ多くの学会の皆さんから満足してもらえるものを作りたい。そして、お知らせも、できるかぎりインターネットの画面を通じて行って行く予定である。