My Medipro

インターネットが医療を変える 第5回

「MR君」(その4)

製薬企業の「MR君」を利用する新しい情報交換の在り方

鈴木吉彦 ソニーコミュニケーションネットワーク㈱General Manager 医学博士

雑誌名:Medical ASAHI  2000年10月   朝日新聞社  

72ページから74ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

2000年6月の衆議院選挙では、インターネットを中心とした、新しい形の公共投資(broad band internetなど)を多く国民が望んでいるということが明らかになった。沖縄サミットのテーマが、「IT革命」であったことも、そうした時勢を反映した現象といえる。では、インターネットは、政治や行政のみならず、医療の現場においても、従来からのしきたりやルールを変える力に本当になりうるのだろうか。

本掲載ではインターネットを利用したMyMediproでの「MR君」システムが、日本の製薬企業が抱える問題に対し、ソリューションを提案するという点から解説してきた。今回は「MR君」の導入によって、医薬品情報に対する医師の検索の方向性が根本的に変わってしまうかもしれない、という点について論じてみる。

●医師が複数の製薬企業の担当MRに質問や依頼の一斉配信が可能に

「MR君」を利用すると、医師が、多くの製薬企業やMRへ、いっせいにメッセージを送信することが可能になる。特定のMRではなく、必要とする情報を持ったMRへ、何かメッセージを送りたいとき、複数のMRを事前に選択し、後は「送信」ボタンを押すだけで、同時にメッセージを送ることが可能になる。図1は、2000年8月現在で試作中の画面だが、ここには、医師からMRのIDを登録している仮想MRへ、一斉にメッセージを送信する機能がある。

例えば、「私の診察している患者には、有効な薬剤がみつからないけれど、新しい薬剤や治療法を提案できる製薬企業の方はおりませんか。どなたかいらしたら、ぜひご連絡ください」とか、「私の病院では外来患者に対し、新しい治療法を望む声があるけれど、この疑問に製薬企業として、回答をしてくれる企業はありますか。また、この分野における最新の知見や文献を教えてください」とか、製薬企業に広く質問したメッセージを、医師が「MR君」システムにおいて、MRのIDを登録しているすべての製薬企業に対し送信することができる。このメッセージは複数の担当MRに、一瞬のうちに送信される。

 もっと具体的に、私の専門分野である糖尿病領域を例に解説してみる。「米国糖尿病学会に参加した友人から聞いたが、吸入インスリン製剤というのが開発中らしい。これはぜひ、日本でも治験に参加してみたいが、日本ではどの会社に依頼すればよいのだろうか」とか「日本で新しい血糖測定器が多種類、発売されるらしい。これまで利用していた電極法の装置と比較し、どのような点が違うのか、文献資料があれば、教えてほしい」というメッセージなどを、医師が複数の製薬企業へ一斉に発信すると有効な回答が得られるだろう。

 また、癌の領域であれば、「抗癌剤を処方してみたが効果がなく、癌の進行が認められている。この癌に対しより効果の高い治療薬があれば、どの製薬企業でもよいから教えてほしい」というメッセージを癌専門医が一斉配信することができるようになる。

 さらに、例えば循環器分野においては、「ある製薬企業から降圧剤の新薬が発売されたが、他の薬剤と比較してメリットがわからない。通院患者に対し、既存の薬剤から切り替えた方がよいのかどうか、そのための患者におけるメリットは何なのか、デメリットは何なのかを教えてほしい。できれば、競合他社からの意見も聞いてみたいので、みなさんに配信します。ご意見ください」とか「最も値段が安くて、効果が高い高脂血症薬剤の薬価を教えてほしい」といったメッセージを、循環器関連薬剤を持つ製薬企業に対し、医師がいっせいに配信することが可能になる。

 もちろん、一斉配信という機能自体は通常電子メールでも可能である。しかし、医師は質問のたびごとに担当MRのメールアドレスをすべて記憶しておくことは困難である。だから、こうした機能は「MR君」ならでは、つまり、「MR君」システムでしかできないオリジナル機能、という位置付けになるだろう。

●MRも医師の質問に対してインターネット速度で返信する必要がでてくる

 「MR君」システムが開始され、日常的に医師が利用するようになれば、メッセージを受け取る製薬企業のMRは、こうした質問に迅速に回答していくことが、業務として重要な役割を持つようになる。なぜならば、医師はほぼ同時に複数の企業へ送信するので、その内容を受診した製薬企業の担当MRは、競合他社に負けないよう、迅速に(インターネット速度で)、正しい情報を、その医師の回答しようとする。そこには、競争原理が働く。つまり、リアルMRは病院の廊下で医師にプレゼンテーションをするための時間を割いてでも、インターネット上で「MR君」システムを利用したプレゼンテーションを必要性が高くなる(図2)。

 インターネット速度で迅速に正しい情報を回答してくれる製薬企業と、遅く回答する製薬企業においては、医師側からすると、製薬企業が医薬品に関する情報提供をどのくらい熱心に行っているか。という差にみえてくるはずである。であれば、上記のような質問に対し、「私どもの薬剤には、その患者さんを治せるかもしれない効果を持つものがございます。参考となる文献資料を、MR君を通じ送信いたしますので、ご参照ください」というメッセージを迅速に返信するだろう。これに対し、回答できない製薬企業については、失望感を抱く医師もいるかもしれない。つまり、その製薬企業においては、「文献資料がないため」か、「MRに販売する意思がない」のか、あるいは「MRに回答するだけの知識がない」のか、という印象を、医師はその担当MRに対し抱いてしまうかもしれない。

●このモデルにおいて医師側が注意すべきこと

 米国では、飛行機の座席予約を選択するのに、利用者が飛行機会社に対し一斉配信するシステムを利用して価格についての要望を出し、複数の飛行機会社が一定時間内にそれに応えられるかどうか返答する、というシステムがある。これは「逆オークション(競売)」といって、インターネットにおけるビジネスモデル特許として、よく引用される例である。

 「MR君」を医師が利用すると、医師が求めている情報に対して、医薬品の売り手である製薬企業が、競って医師へ回答するという方法が可能になる。買い手が注文を出した後に売り手から情報提供が殺到する、上記システムと似ており、その点においては、「MR君」システムの提案は、医薬品情報の「逆オークション」制度が可能になるといえるかもしれない(図3、4)。

 しかし、上記の飛行機の座席予約などと異なり、「MR君」システムの利点は、安いプライス情報が速く届くことがだけが医師側における高い評価につながり、処方に直結するということではない。医療業界では、正しい情報を収集するにはそれなりに密度の高い検索が必要であったり、情報を分析するための時間が必要だったりする。だから、時には製薬企業が、患者の治療ために学術的に深い内容を医師に伝達してくれるのであれば、医師はじっくり待つべきである。また、医薬品の処方や購買とはかかわりなく、学術的な目的だったり、生命論理にかかわる問題を議論することがあってもいいだろう。

 そうした学術的な利用も可能なシステムであるにもかかわらず、「MR君」が「オークション」というような概念と同一視されるようになっては、多くの医療関係者は心理的抵抗感を感じるに違いない。私自身も、「MR君」がそのような視点でみられてしまっては抵抗感を感じる。だから、せっかくのよいシステムが、抵抗感なく広く利用されるためには、医師側とMR側双方に、必要なときに必要なことについて必要な速度でコミュニケーションをする良識や、一方側の暴走そ制御するルールというものが必要げあろうと考えている。

●この機能を医療業界全体のレベルアップのために利用してほしい

 前述した「MR君」システムの医薬品情報の流れは、インターネットが双方向性の媒体である点を、上手に活用したものである。その意味では、医療分野において世界で最初の、画期的なシステムになる。

 また、このシステムで便利になる人、つまり受益者も、双方向性の性格を持っている。一方の受益者は、高い見識を持ってはいるが、多くの情報が入手しにくかった医師である。また一方の受益者は、有効な治療法を持つが医師に情報伝達するチャンスがなかった製薬企業である。医師は、治療薬の選択に困ったときに、自分で調べるだけでなく、MRは支援を依頼でき、そして、迅速にそれに対応する返事が返ってくるのであるから、便利に感じないはずはない。また一方、MRの人数が少ないがために有効な治療薬を持っていても、多くの医師へプレゼンテーションする機会がなかった製薬企業も、「MR君」の導入によって、多くの医師へ迅速に情報を伝達できるのであるから、便利と考えないはずはない。

 つまりこの「MR君」システムは、医師とMRとの情報の流れを、双方向性のインターネット速度にし、従来からのしきたりやルールにとらわれないという立場に立つことによって、大きな利便性を生み出しうる。医療業界全体に対する業務の能率化にもつながる。つまり、このシステムは、医師およびMRの双方において益を受け、歓迎されるべき要素を持つのであるので、将来は必ず定着するであろう。そして、これが定着すれば、医師が製薬企業に対し期待する情報の価値感や、情報伝達の方向性が根本的に変わってしまうことになるだろう。

●医師がMRとの相互のコール数は数倍になるだろう

 米国でも製薬企業のMR支援を提案する企業があったようだ。e-detailingと呼ばれる範ちゅうの提案されたらしい。しかし、それらは、特許レベルあるいは予備実験的なシステムであった。One-To-Oneの概念を応用するような次元の機能ではなかったようだ。また、米国においても、いわゆる代表的なポータルサイトと呼ばれるホームぺージで実験された例はない。その意味では、日本の約4万人の医療関係者会員を有するMyMediproというポータルサイトで、e-detailingを実験するのは、世界で最初である。

 このような概念を議論する際、企業側が客観指標として注目しているのは、医師とMRとの相互のコールの増加である。実際、米国ではe-detailingの予備実験においても、コール数は数倍伸びたというレポートもある。ただし、これはポータルサイトでの実験ではない。もし、ポータルサイトで実験できたら、数倍ではなく、数十倍がでるかもしれない。

 また、医師からMRへのコール数が増加するという現象は、医師側も進んでMRとの連絡にインターネットを利用するということを示唆している。それゆえ、MyMediproにおいて、「MR君」システムのスタート後には、まず、製薬企業ごとのコール数や利用率はどうか、という評価がなされるだろう。こうした数字を経営指標として監視すべき時代が到来するだろう、と考える製薬企業の経営者も増えているようだ。それを反映してか、こうした時代の流れを先読みし、「MR君」システムをできるだけ早く採用しようと決定しているIT製薬企業が増えつつある。

注釈

  1. MyMedipro/インターネット上の医師向け医療情報の取得に役立つ仮想協力空間都市。(http://www.so-net.ne.jp/medipro
  2. 君/MyMediproの画面上に表示されるMR個人個人にメッセージバナーを利用し、医師とMRとが互いに連絡を取り合ったり、MRが医師に対して薬品のオンラインプレゼンテーションができるようにする機能のこと。
  3. One-To-One/ホームページ上で利用者がプロフィールを登録し、内容を閲覧する際には利用者のプロフィールに合わせ1行ごとにカスタマイズし、内容を表示する仕組みのこと。
  4. ポータルサイト/誰もが訪問したくなるホームページ。ポータルとは門の意味。

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