Medical Tribune 2000年12月21日 34ページ ©鈴木吉彦 医学博士
コンテンツパッケージは米国を追い越せる日本独自の構想
米国を訪問して医療機関ホームページの運営者に会員数を聞くと、どの運営者も約40万人の会員がいる、と回答します。米国の医師数は約70万人ですが、その約半数以上がおのおののホームページの会員になっているのでしょうか。しかし、その会員を集めたかを聞いてみたところ、驚いた返事が返ってきました。自力で会員を集めたのではなく、医師会関連の団体や権威などから会員を流用する権利を購入しているだけらしいのです。つまり、他力で集めた、あるいはお金を使って集めた会員を、あたかも自力で集めた会員のように思わせ、医師の会員数として公表している場合があるのです。ですから、約40万人の医師会員がいると公表するIT企業というのは、裏側を知ってしまえば、全く実力がないホームページだ、ということを意味します。
類似のホームページが乱立
友人の米国の医師に本当に米国の医療ITベンチャーのホームページを利用しているか聞くと、一部のサイトを除いて、ほとんど利用していない、という答が多かったのです。登録されているかもしれないけれど、一度しか使っていないという利用者も多いようでした。各ホームページには確かに医学系コンテンツがあります。しかし実際には、ソースは同じで、どのホームページを訪問しても、同じような記事しか掲載されていないのです。ですから、一度訪問すれば次に訪問する必要がない、というのです。あるいは、陳腐な症例検討会や抄録だけの学会レポートだけがあっても、役に立たないわけです。
実際、米国の医療関連ホームページには、同じようなものが乱立しています。しかし、その多くが運営に失敗し、淘汰が始まっています。米国のネット企業はこの半年で130社が倒産し、8000人の解雇者が出たと報道されています(日本経済新聞、11月20日)。日本のバブルの時期には、多くの人たちが地価が上がるという見込みで多額の投資をし、結局、失敗しました。同じ状況が、ITバブル崩壊後の米国でも起きているようなのです。
特に、医療というテーマにインターネットを当てはめるのは難しいことです。論理的な問題、セキュリティの問題、学問的な水準の問題、中立性の問題など、解決すべき問題が多くあります。そうした問題を軽視し、インターネットというキーワードを乱発したけれど、最終的には大失敗しているという現状が、米国にはたくさん見受けられます。
ルールがあって競争する米国、競争しながらルールをつくる日本
このように、ルールがあって自由競争を原則とした米国の方式では、同じようなホームページが乱立するだけになることがわかったのは、ITバブルが崩壊した後の、つまり、最近のことでうs。私は、こうした米国方式の運営では必ず破綻するだろうと予測していたので、米国式ではなく、日本式を選択したのです。日本式というのは、多くの人たち、多くの企業の方たちと協力しながら、まず集まり、そこで相談し、ルールをつくり、その共有したルールの上で自由競争をする、という方式を考えたわけです。それが、現在のMediproの運営方針になっています。
つまり、米国の模倣ではなく、日本人には日本のやり方があると固執してきたことが、Mediproが脚光を浴びるようになってきた理由の1つです。現在の状況を見ると、医療分野のITでは、米国方式は失敗し、日本方式のほうが成功をおさめたと言ってよいでしょう。米国では経営赤字、倒産、解雇続出という医療関係のITベンチャーが相次いで登場していますが、Mediproは着実にactiveuserといての会員が伸び、提携企業が倍増する勢いで増えています。
私は今年3回渡米し、多くの医師たちに、インターネットをどう利用しているかについて聞くチャンスがありました。すると、多くの医師たちからは、MedscapeかMDコンサルトの2つを利用している、という答が返ってくるのです。Medscapeは米国の代表的な医療情報ポータルサイトです。年間180本の学会サマリーあるいはイベントサマリーをチェックすることができます。
MDコンサルトには、多くの医学関連の教科書やマニュアルなどが集約されています。MDコンサルトは、有料会員制なので、利用するにはお金を払わなくてはなりません。しかし、セシル、ブランワードといった有名な医学コンテンツが、1回の登録で利用できます。
実は、Mediproのコンテンツパッケージ構想を思い立ったのも、このMDコンサルト方式を日本式に当てはめたらどうなるだろう、という発想に立ったものでした。役立つ医学コンテンツが1回の登録作業で使い放題になるということは、米国の医師だけでなく、日本の医師も同じように利便性を感じるはずだと確信できたからです。米国のMDコンサルトも日本のMediproのコンテンツパッケージも、1回の登録で各国における代表的で役立つ情報をいくつも利用できるようになるという点で、共通の利便性を提供しています。しかし、日本の医師がMDコンサルトを利用するかというと、実際にはあまり人気がないようです。なぜならば、米国の医師にとっては、自国語で表記してある医学教科書ですから利用価値が高いのは当然です。しかし、日本の医師にとっては英語は母国語ではないのですから、便利とは言えないのです。例えば日常臨床で、ちょっとした調べ物をするときに、英語で表現を理解しにくい内容があれば、その解読などの手間を考えると、使いづらい、ということになるからです。そのため、日本の医師には、日本版のMDコンサルトのような医学教科書の集合体が必要である、と考えました。その概念を実現したのが、Mediproのコンテンツパッケージということになります。
米国を追い越す“志”
例えば、MDコンサルトのコンテンツには、多くの有名な教科書があります。私も昔、これらの本を買いました。しかし、内容が多すぎて読みきれませんでした。索引を使っても目次を使っても、知りたい情報を見つけにくかったのです。また、本自体が大きく重いため携帯できない、という問題がありました。さらに、病院での忙しい勤務を終えて帰宅し、セシルなどの教科書をじっくり読むだけの体力も気力もなかったのです。大容量の内容を持つ医学教科書は、使いたいけど使い場所が限定され、量が多すぎるために必要な内容を探しにくく、使いづらいという欠点があったのだと思います。
しあkし、インターネット上に教科書があると、検索機能を利用することが可能になります。必要なときに必要な事項だけを調べることが可能です。自宅だけでなく、病院からも医学関連の代表的な教科書が常に読める環境があるのです。これは臨床家にとっては、たいへんに役立つことです。米国では最近、医師は患者を診察しながらインターネット上での教科書やガイドラインをチェックし、それをもって治療に反映しているという話を聞きます。わが国では、診察室にまでインターネットが接続されている病院は多くないと思います。しかし、将来は米国と必ず同じような現象が生まれることでしょう。
米国ではITバブルが崩壊し、悪い部分の膿が出されつつあります。ITバブルを起こした経営者たちは、今後は社会的な責任追究を受けていくでしょう。これに対し、Medscapeのような真面目に学会サマリーを提供するホームページや、医学系教科書を真面目に提供するホームページ、つまりバブルのにおいがしないホームページが評価され始めています。
米国のITバブル崩壊は、日本に多くのことを教えてくれています。しかし結局は、地道にこつこつと、コンテンツを集約させ、みんなで協力し、努力してつくってきたホームページが成功するという結論は同じようです。米国だけでなく、日本でもITで金もうけをするという目的で始めたITベンチャー企業は、これからは淘汰されていくでしょう。逆に、ITによって非効率部分の無駄を省き、ITを医療業界に貢献するための道具として正しい利用法を志してきたホームページだけが評価されるようになるでしょう。
本連載の24回と25回目で、Mediproは米国の模範をするつもりはなく、米国を追い越し世界の模範となるシステムを構築することができるはずだ、提言しました。当時はMediproが米国を追い越すなどと言っても、だれも信じてくれませんでした。しかし日本におけるコンテンツパッケージの成功は、それを証明する一例です。米国のITバブル崩壊も、その証拠です。つまり最近になりMediproの提言が具体的に目に見える形になりつつあると思っています。