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臨床とインターネットの接点⑤

Medical Tribune 2001年8月23日 49ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

ハーバード大学医学部のインターネット講座が開始 “e-Learning”でIT利用に対する姿勢が変わる

ハーバード大学医学部のインターネット講座が開始 “e-Learning”でIT利用に対する姿勢が変わる

e-Learningという概念や用語は、日本でも急激に社会に浸透してきています。つまり、インターネットを利用した教育のことなのですが、大学や企業が、集合教育スタイルとは異なった教育手法として利用を進めていて、特に米国ではその重要性が強調されるようになってきました。

 具体的には、インターネットを利用して、講義のテキスト内容を読んだり、そこでは画像や動画などに触れたり、体験学習ができるようになります。また、実際の講座を、動画や音声の同時配信スタイルとして見ることで、授業を疑似体験する事が可能になります。時には、リアルタイムに授業が放送されることで、遠隔的に授業を受講し、質問や回答のやり取りに参加することもできます。さらに、電子メールあるいは電子掲示板やチャットなどにより講師や他の参加者とのやりとりや、質問や討論ができるようになります。

まずは体験してみる事が大事

ハーバード大学医学部は、医学部だけでも18の付属機関を有し、インターン、レジデント、学部生向けの臨床トレーニングのほとんどは、こうした機関で行われています。また、古くから海外における医学教育や健康管理事業を展開するなど、教育には熱心な大学です。

 そのため、教授陣の専門知識、同大学傘下の教育病院、そして世界各地のパートナーたちから集めた情報や知識を元に、大学の教室などを利用して定期的に講座を開催しています。毎年、その講座を受講するために、世界中の国々から医師たちがボストンを訪れ、学習の場を持ち、最新の知識を得ることに役立てています。講座の内容は、一般的なものから専門的なものまで、臨床から基礎までと様々で、医師たちは数日間、朝から夜までびっしりと勉強します。

 我が国でも、インターネットの高速化および常時接続化によって、“e-Learning”に対する具体的な解決策が提案されつつあります。前回の本シリーズでは学会などの“e-Learning”活動について紹介しましたが、今回は上述したハーバード大学医学部が実際にこの“e-Learning”システムを開始したことを例として、大学の“e-Learning”活動について取り上げたいと思います。

 この試みは、8月7日に新聞各紙で報道され話題になりました。“Medical Channnel”というサイトの中で運営されています。日本語に訳せば、医学専用のチャンネルとそのものズバリと言う名前のホームページです。アドレス、つまりURLは、http://www.medch.tv/(ドメイン名の最後はco.jpでもなく.comでもなく.tvです。最近では、インターネットTV放送局が、ドットティービーという形を持つツバル国のドメイン名を利用しているのを見かけます。)

なお、このホ―ムページやハーバード大学医学部の講座内容が、どのようなものかを確認するのはこのホームページを訪問し、登録し会員となって、内容を閲覧してもらった方が早いと思います。なぜならば、その内容のほとんどすべてがスライドショーと音声、動画の配信を基本とした講演スタイルだからです。受講者は、動作画面までまずたどりつき、スタートボタンを押せば、自動的にライブの講演会が擬似体験できます。この形式は、説明文を読んで理解するのではなく、自分で体験してみないと、すごさがわかりません。ですから、本稿ではまず読者のみなさんが図に示す画面を使い、こうした擬似体験をしていただいたことを前提において解説をします。

大学がそろえたカリキュラムから選択

e-Learningのサイトでは、例えば、教材が大学の講座という形で、最も適切な内容に組み合わされてあらかじめ一つのカリキュラムとして構成されています。教材の種類が増えるにつれて、受講者はその中から必要なものを選択し利用します。つまり、大学で科目を選択するような形を取れるわけです。科目さえ選択すれば、次は集合研修に近い体験ができます。

 また、学問ですから、当然レベルが高い内容と、そうでない内容があります。情報が一方的に送られている場合には、受け手側は教科書レベルを理解できるまで自分のレベルを向上するよう努力する事が義務付けられています。しかし、“e-Learning”の場合には、自分のレベルにあった教材や講座を選択し、まずそこから受講し、順次レベルの高い講座へと移る事が可能です。もちろん、そのためには教材が豊富にあることや、教師が親切に指導してくれる事が条件となりますが、その条件を満たしてくれるシステムであれば、自分の能力に合った速度で学習ができます。また、もし難しい講座であっても、ネット上にあれば、何度でも反復学習が可能ですから、記憶にも残りやすくなり、学習効果が上がります。

 特に、臨床の現場を離れられない医師の生涯教育という観点から考えると、学習という行為に時間や場所の制約がなくなることは、大きなメリットです。患者の急変時には受講者側も勉強をしてる暇はなく、また、講師側も教えている暇はありません。ですから、教える側も教わる側も、両者が自由な時間を利用し、学問的内容をやり取りできるのは非常に効率的です。

また、紙媒体を利用した教科書は、最新情報をリアルタイムで盛り込むことは困難です。ところが、“e-Learning”であれば、HTMLは常に最新版の内容やリンク先にへ変更できるので、最新の情報を持つサイトにナビゲーションされる事が可能です。たとえば、「先週のNew Eng J Medに記載された記事ですが」という講師の話がライブ放送の中で出てきて、そこにリンク先がある、ということもあるわけです。

利用者の意識が能動的になる

 これまでのインターネットの利用法は利用者が情報を探し出す行為に、システムとしての重要性が置かれていました。Medlineでも、医学中央雑誌の検索でも、高度な内容の質を持つ文献抄録や論文が、より早く、より効率的に見つかるかどうかといった情報の入手に至る経緯がポイントでした。ところが、“e-Learning”のサイトでは、大学や企業などがカリキュラムとして用意したものを受講するだけですから、情報入手の経緯について論議する必要性は少なくなります。

しかし、それで利用者が受動的になるかというと、その逆の現象が起こります。つまり、検索と言う労力に時間を割かない分、能動的に物事を考え、知識を教わるという労力の方に時間を割く事ができるようになります。その意味で、“e-Learning”サイトでは、学ぶ、ということに対する姿勢が受動的なものから、より能動的なものに変わります。身に付けた知識に対し自分から質問し、学識のある先輩達に自分の意見を聞いてもらおうという意識の向上につながるわけです。

学問に王道はなし

 e-Learningを活用するためには、動画や音声などが中心となるので、まずは高速インターネット環境の整備が重要であるという人もいます。しかし、そのような技術的問題は、ADSLや光ファイバーなどの普及とともに解決されていくものです。

 そうした問題よりも大切なことは、受講者側に学問をしたい、生涯教育を受けたい、という動機がしっかりあることだと思います。つまり、インターネットという互いの顔が見えない状況でも、学校に入るのと同じ気持ちで、勉強してゆこうとする志を持続的に維持できるかどうかが、何よりも大切です。もし地道な努力を惜しむのであれば、e-Learningといえども、途中で挫折すると思います。

 また、システムて提供側も、あまり余裕を与えすぎて親切すぎるのもよくありません。受講者は、限られた時間の中で努力するという行為を強制された方が、身につく事が多いからです。ネット上にあるならいつでも受講できるから安心だという状況が長く続くと、いつまで経っても受講しないで放置することになりかねません。

 このように、学問を人から人に伝えるというのは、単なるシステムの構築だけでは乗り越えられない、大切な精神的要素が必要です。最終的には、伝える側の熱意と受け取る側の熱意とが一番重要であるという意味では、リアルの講座でもe-Learningでも同じではないかと思います。逆に、e-Learningの場合、遠隔的な受講であるがゆえに、よりその点が重要となってくるかもしれません。

上述のハーバード大学医学部のネット講座は、その意味では、世界中の医師に対し発信するという大学の権利をかけた教授の意欲や熱意が感じられ、非常に学習意欲が盛り立てられ、成功例ではないかと思います。また私自身は講師達の内容の整理法や論理の組み立てのうまさ、聴衆を引きつけるプレゼンテーションのうまさ、さらには、グローバル的な視点における学者としての見識の高さに感銘を受けました。

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