指数関数的に高まるインターネットの価値
鈴木吉彦 ソニーコミュニケーションネットワーク㈱General Manager 医学博士 雑誌名:Medical ASAHI 2001年4月 朝日新聞社 67ページから69ページまで コピーライト、©鈴木吉彦 インターネットは、1つの道具にすぎない。しかし、高速インターネット(broadband internet)という次世代的な道具を使える時代になると、動画や音声の送受信が可能となる。これによって、医学における学会や会議をWeb上で開催することが可能になる。ライブ講演を、海外から直接、届けることも可能になる。動画であるから、2次元の画面に対して、時間軸の次元も加わり、情報は3次元の価値を持つ。さらに、従来型の地上波やCS衛星テレビ放送では得られなかった、オンデマンドという価値も付加される。情報が、いつでも、どこからでも、みたいときにみられる、つまり、時間的および空間的制限を受けない、という価値が付加されるのである。これを加えると、高速インターネットの発達に伴って、医療関係者が得られる情報の価値は、4次元の価値となる。 例えば、従来の文字情報だけでは、内科系の医師しか満足が得られないことが多かった。しかし動画、しかも精密動画がオンデマンドでみられるとなると、外科系の医師たちもインターネットを活用することになるだろう。視聴者の層が厚くなることになる、また、PCではなく、画像や動画をテレビでもみたいという医師も増えてくるかもしれない。このように、高速インターネットの出現によって、インターネットの価値は膨れ上がってくる。また、私は最近、NHKのニュースはテレビではなく、インターネットでみるほうが多くなってきている。帰宅した直後にチェックでき、必要十分な情報が得られるからである(http://www.nhk.or.jp/) ●講演内容をデジタルデータとして保存する時代 医学の学会では、聴衆にスライドの静止画のみせ、あとは声だけで説明する、というのが講演のおおよそのパターンであった。しかし、米国では医学の学会において、PCを駆使し、投射式の講演方式が主流になりつつある。スライドで投射する方式は古い方式と認識され、中止される方向になってきている。 このような傾向が進むと、音声と「PowerPoint」ファイルを収録できれば、発表が終了した段階で、その講演のデジタル情報はすぐに1つの作品となる。デジタルの世界では、その作品が、1つのバイナリーデータとして、PC上に保存できる(注:バイナリーデータとは、テキストデータだけでなく、音声、画像データ、計算式、プログラム式などを埋め込めるデータのことである。単なる文字だけを持つテキストデータとは区別される。)このバイナリーデータを、インターネットを使って遠隔的に送ったり、保存したり、それによって、その作品を多くの人たちと共有することが可能になる。こうした技術をだれもが駆使できるようにることで、講演者自身が、あるいは、それを支援する製薬企業などが放送局となり、医師の発表内容をネット発信することが可能になるのである。 ●サーバを保有し、自分の放送局を持つ 例えばSo-netの接続会員になると、自分独自で管理できるサーバを持つことができる(https://www/sec.so-net.ne.jp/u-page/up_entry.html) (図1)。そのサーバに対し、講演のバイナリーファイルをUploadしておいて、だれでもそれをDownloadできるようようにしておけば、それだけで、立派な動画配信の放送局を作ったことになる。 また、サーバに対してアクセスする権限を、複数の人で共有しておけば、そのサーバを利用し、ファイルのやりとりも可能になる。こうした仕組みを駆使すれば、自分が講演した内容を、WebサーバにUploadし、それを特定の医師の仲間だけに対しインターネットで公開する、ということは簡単な技術になる。それによって自分が運営するプライベートな放送局、あるいは医療関係者限定の放送局を作ることが可能になる(なお、このようなサーバへUploadするという技術は、小学生でもできるレベルの技である。)また、医局ごとの連絡などは、そのサーバに置いておくので、医局員は自分でアクセスし、そこから情報を得るように設定しておくことも可能になるはずである。これは、医局間の連絡用ネットワークとして利用できるかもしれない。 ●遠隔医療に対する1つのヒント 各地で遠隔医療における試みが始められている。しかし、実は今ある技術を工夫すれば、非常にシンプルな意味での遠隔医療はすぐにでも始められる段階に到達しているにではないか、と思う。例えば、「イメージステーション」や、いくつかの画像保存サービスを運営しているホームページをみて、1つのヒントがあると気が付いた(http://www.jp.imagestation.com/)(http://www.itrustee.ne.jp/)。つまり、もしかしたら、未来の遠隔医療も、比較的シンプルな技術で実現可能ではないか、と考えた。 そこで実験的に、まずデジタルカメラで撮影し、JPEG画像として保存している子どもの写真をアップロードしてみた。すると、自分のPC上にある画像が見事にインターネットのWWWサーバに保管され、ある特定のパスワードを持っている人だけに公開できるようになった。アップロードされた画像は、My Inboxエリアに保管される。ここでは、独自の写真の編集、アルバムの作成、eCardの作成ができる。これらをプライベート用に保存することもできる。プライベート空間が構築可能であるということは、特定のパスワードを持っている人に知らせておけば、その会員の間だけでこの画像を秘密にみせ合うことが可能になるということである。 この機能を利用すれば、A医師とB医師だけがパスワードを知っているプライベート空間を構築することが可能になる。具体的には、C病院のA医師が撮影した顕微鏡の画像を、D病院のB医師に診断してほしい、という依頼を出すことが可能になる。「電子メールで返してもらえばよいのでいつでも結構です」ということが可能になるだろう(図2には、子どもの写真があるが、これを内視鏡の写真だとか、小児科医が小児の病気の相談に利用している場合だと思ってもらえればよい)。 ●電子メールでは不便? 「画像を診断してもらいたい」ということであれば、A医師からB医師へ、電子メールに画像を添付すれば十分ではないか、という意見もあるかと思う。確かに画像転送の行為だけ考えれば、それで十分である。しかし電子メールを使うということは、送受信する医師同士が電子メールソフトを内蔵しいたPCを常備しておかなくてはならないことになる。さらに、受けた医師のPCには、医療画像が保存されてしまう。保存しておきたくなければ、その画像をごみ箱に捨てるという面倒な作業が必要になる。また、もしその画像が病院の共有PCで受けた場合には、特定の医療画像が、他の医師にもみられてしまう恐れがでてしまう。送信側は正しく画像が受信されたかどうかをチェックできないという問題も生じる。 インターネットを利用できる環境と、電子メールを利用できる環境とは、時に別の環境であったりする。特に、医師が当直で他の病院に行って働いている時間には、ノートパソコンでも携帯していなければ、電子メールは受信できない状況になることが多いだろう。あるいは、海外にいる場合にも同様である。また、自宅では電子メールを受けられる環境があっても、病院では複数の医師とPCを共有しているので、電子メールソフトを自分用に設定していない医師も多いと思う。その場合にはインターネットは利用できるが、電子メールは利用できないという環境に置かれているわけである。このような不便さは、インターネットに習熟してくれば、必ず気がつくはずの不便さである。 しかし、画像情報を共有できるような環境がさまざまな会社から提案されれば、このような場合でも不便さは解消され、遠隔医療にとって必要な条件は、概念としては満たされ、実現可能になる。なお、通常のホームページ上の画像を共有するサービスは、現状では一般向けのサービスであり、遠隔医療のために構築されたサービスではない。つまり、概念的には、遠隔医療を可能にする機能の一部を備えているといえるが、実用に適しているかどうかは別問題である。つまり、こうした機能はあくまで一般向けのサービスであり、業務用として考えた場合には、各種の制限が問題となるかもしれない。そのため、医療現場で本当に実用的なシステムとして利用されるには多くの倫理的な問題などを考慮した、新しいシステム構築は必要になるのかもしれない。 ●高速インターネットの普及で実現の可能性は指数関数的に高くなる インターネットを利用した情報技術に関する、資本主義経済におけるバブル期は過ぎた。つまり、米国方式というような、投資目的のための資金を集めてインターネットベンチャーを立ちあげるというビジネス形態が崩壊したのである。しかし、インターネットの価値そのものが崩壊したわけではない。それどころか、インターネットによって、可能になる技術というのは、留まるところを知らない速度で進歩している。 米国の景気減速を後目に、韓国、シンガポール、中国など、アジア諸国は着々とインターネットを経済発展の柱にして、発展のシナリオを作っている。ネットワーク時代にふさわしい、新しい組織作りや価値観の構築が始まっている。最近では、インターネットは「米国ではなく、アジアをみららえ」というタイトル 新聞記事をみるようになってきた。 韓国では、インターネットでのゲームビジネスを政府が支援し、徴兵制度の免除という特典を与えているという報道がテレビで流れていた。「戦争に行きたくない若者は、インターネットを仕事としてやればいい」という制度を、政府主導で進めているという。医療の世界でいえば、「インターネットを利用できる医師は、遠隔医療ができるのだから、当直を免除される」という時代が来るかもしれない。高速インターネットを使いこなすことができ、かつセキュリティーについても安全性を確保できる医師に対し免許制度ができて、それに合格すれば遠隔医療が正式に行え、それで診療行為が可能になり、報酬が得られ、かつ患者に感謝されるという時代が来るかもしれない。 インターネットの領域では、ネットワークの価値が利用者の2乗に比例して増えるという「メトカーフの法則」に支配されるといわれていた。しかし、それは文字情報が送受信できるという時代での、つまり、1次元のレベルでのネットワークの時代での話であった。それが、前述したような4次元の価値を持つネットワークの時代になると、利用者の2乗どころか、3乗、4乗のペースでネットワークの価値が高まっていくだろう。そして、バブルが崩壊した今こそ、本当のインターネットの実力が問われる時代になり、そこで実力を出せたプロジェクトだけが淘汰されて、次世代に引き継がれていくのだろうと考えている。MyMedipro(http://www.so-net.ne.jp/medipro)では、この4次元の価値を、5次元のレベルにまで高めていこうと考えている。