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プラスαのインターネット活用術31

Medical Tribune 2000年9月21日 21ページ ©︎鈴木吉彦 医学博士

日本のMRシステムが変わる(4)

「MR君」の利用で多くのメリット(続)

プライバシーを侵害されない

 医師の中には,このアドレスは私的な目的で,このアドレスは公的な目的で,と使い分けをしている人がいるかもしれません。しかし,そこまで神経質になって複数の電子メールアドレスを持つ医師はまれでしょう。実際には煩雑だからです。多くの医師は,1つの電子メールアドレスを持ち,自宅でチェックしているのだと思います。そのため,医師が自分の電子メールアドレスをMRに教えることは,自宅の電話番号を教えるようなものです。

 しかし,医師から自宅の電話番号を教えられるMRが多くないように,電子メールアドレスを教えられるまで親密になっているMRは,多くはないでしょう。また,もし,MRが医師の電子メールアドレスを利用し,薬剤の販売促進のためのメールを医師あてに送ると,それは医師にどう受け止められるでしょうか。電子メールは医師の判断を無視し,自宅に強制的に送りつけられます。

ですから,医師は「MRが自宅まで押し掛けて医薬品の宣伝をしに来た」という印象を持ち,それ以後どの製薬企業のMRへも電子メールアドレスを教えなくなるでしょう。プライバシーを侵害される危険が高まり,迷惑だからです。

 「MR君」を利用すると,医師はMRに電子メールアドレスを教える必要はなくなります。MRは,「MR君」のシステムを利用して医師と連絡を取ることができるからです。また,医師は見たくないメッセージバナーは,クリックしないでおけばよく,安心です。つまり,電子メールと異なる点は,「MR君」を利用すると医師はプライバシーを侵害されないで済むのです。

 なお,特定の製薬企業から集めた医師の個人情報を,複数の製薬企業が合同で利用するというシステム提案をしている会社があるそうです。これは、医師側の立場から考えれば,個人情報(住所,名前,電話番号などに限らず,趣味までも含まれるといいます)を闇ルートで売買する組織が存在しているようなものです。そして,こうした行為は,インターネットの世界では非合法とされるはずです。これを許すと,医師には,登録したはずのない会社からたくさんの迷惑メール(スパムメール)が届いてしまいます。米国では,こうした行為をする会社を反スパム法の対象とし,処罰します。「MR君」は,そうした法律に触れるような旧来の行為に対し,異論を唱えるものです。

治療法の「逆オークション」

 「MR君」を利用すると,医師はさまざまな製薬企業のMRへ,一斉にメッセージを送ることができるようになります。特定のMRだけでなく,何かメッセージを送りたいときに」は,複数のMRを事前に説明し「送信」ボタンをおすだけで、メッセージの一斉送信が可能になります。

 例えば,「ある薬剤,あるいはある治療法に抵抗性の患者がいるのだけれども,この患者を治療するために有効な治療法を提案できる薬剤を持つ製薬企業の方はいませんか。また,関連する文献を教えてください」というメッセージをIDを登録している全製薬企業のMRに対し,一瞬のうちに送信することができます。すると,その病気に対して優れた薬剤を持つ製薬企業のMRは,「私どもには,その患者さんを治せるかもしれない効果を持つ薬剤があります。参考となる文献資料を一緒にお送りしますので,ご参照ください」というメッセージを返信するわけです。

 米国では,飛行機を選択するのに,利用者が航空会社に対し要望を出し,航空会社が1時間以内にそれに応えられるかどうかを返答する,というシステムがあります。これは「逆オークション」といって,インターネットならではのビジネスモデルと賞賛されています。「MR君」を医師が利用すると,治療法の「逆オークション」を実現できるわけです。これは世界で最初の画期的なシステムになるでしょう。このシステムで便利になるのは医師であり,有効な治療法を持っているのに医師に情報伝達するチャンスがなかった製薬企業です。このシステムが日本の医療業界に定着すれば,医師が製薬企業に対し期待する情報の価値や方向性が、根本的に変わるでしょう。

 また,これまでは医師への,あるいは医師からのコール数が少ないことで悩んでいたMRや製薬企業が多くありました。しかし,医師が「MR君」を治療の補助として利用するようになれば,MRは診療支援に対するコール数が増えます。

医薬品情報の地域格差が縮小

 地方で,人口が少ない町などで開業している医師は医薬品情報が不足することが多いようです。例えば,私の父は山形県の開業医ですが,東京の病院で外来診療をしている私とは,糖尿病の最新知識について2年くらいのタイムラグがあることもまれではありません。これは,MRが地方の開業医まで足を運び,新薬の説明をする頻度が少ないからです。製薬企業にとっては,都会のオピニオンリーダーとなる医師,あるいは通院患者が多い病院で処方をする機会が多い医師をターゲットランクの高い医師として考えやすく,MRが頻繁に営業をします。しかし,そうなると,地方の医師には情報が不足し,都会の医師には情報過多になるという問題が起こり,不平等感が生じます。「MR君」システムを利用することで,地方でも都会でも,医師は同じように医薬品の情報を入手することが可能になります。インターネット上でのシステムですから,場所を選びません。つまり,「MR君」は医薬品情報の地域格差を縮めることができます。(図)これは製薬企業にとってもメリットで,自社の医薬品情報を日本全国にあまねく伝達することができます。

医局でゆっくり休息が取れる

 医局で休憩していると,MRから不意にパンフレットを渡されて困ることがあります。また,医師と医師とが症例のことを相談したり,医薬品同士の比較を議論したいと思っていても,医局に多くのMRがいるために自由に情報交換ができない場合があります。「MR君」が実現すれば,医師1人1人がインターネット上で自分専用の仮想の医局空間を持つことになります。ですから,リアル社会の医局にMRが待っている必要がなくなるでしょう。そうなると,医師は安心して医局で休息をとることができ、患者の個人情報も自由に交換できるようになります。極端な話のようですが,「MR君」システムが普及すれば,MRの訪問規制を強化しても大丈夫になるという意味で歓迎する,という意見を述べる病院関係者もいました。

 以上のように,「MR君」は医師にとってメリットが多く,便利なシステムです。しかし,便利だからといっても,医師側には注意して欲しいことがあります。すべての情報交換においてMRにインターネット速度を要求し過ぎないことが大事です。電子メールの場合でもそうですが、メッセージを送信して返事が戻るまでは,良識的な時間の範囲で返事を待つことが必要です。

 さらに,「MR君」は人間社会の医師とMRとの関係を保っていくために創造されたシステムです。ですから,親しいリアル社会のMRとの関係をさらに親密にするために仮想である「MR君」を利用する,という意識を持つことが大事です。また,「MR君」を利用することで,日本の医療業界における医薬品情報伝達システムの効率化に寄与することも考え,医師とMRとが相互理解を深めながら,大切に利用することが大事だと思います。

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